また大きな一歩を踏み出した湯木慧 個展ライブ【残骸の呼吸】を振り返って
また大きな一歩を踏み出した湯木慧 個展ライブ【残骸の呼吸】を振り返って

 すでに廃盤となっているCDに収録されている曲や、ライブでは披露してきたものの未音源化だった曲、それらに新たなアレンジを施した全11曲入りの最新アルバム『蘇生』。この新作のリリースを受ける形で、10月20日と21日の2日間、東京・アートコンプレックスホールで、自身の創作展示とライブを組み合わせたワンマン個展ライブ【残骸の呼吸】を開催した湯木慧。本稿では初日公演の模様を中心に記述する。
ライブ写真(全11枚)

 会場内では写真や絵画といった創作物が左右の壁に並べられ、客席を挟み込むレイアウト。そしてパフォーマンスが始まるとスモークが焚かれ、時に具象的に、時に抽象的に彩る照明の妙もあって、まるで湯木の心象風景がぽうっと浮かび上がってきたような錯覚を受ける。3月にフルバンド編成で臨んだワンマン【水中花】の時もそうだったが、彼女のライブではその空間すべてが創作の展示場であり、いざショーの幕が開けば音と光が素材となって、現在進行形でインスタレーションが構築されていくのだ。

 生ドラムとサンプリング・ビートが混同し、ほんのりダークでアンビエントな質感に生まれ変わった「キズグチ」で幕開けたこの日のステージ。前半はそれぞれ別のアレンジャーが参加した『蘇生』の頭5曲の流れをなぞる形で、二人のサポート・メンバーと共に、間違いなく湯木史上最も多彩で実験的な音色を内包したアルバムに、生のバンド・サウンドによる命を吹き込んでいく。

 一方で、湯木が初めて打ち込みに挑戦した「人間様」のリメイク「ニンゲンサマ」にしろ、弾き語りの「記憶」から浮遊感あるエレクトロ・ポップへと変貌した「キオク」にしろ、ライブでは同期音源との共鳴も不可欠で、どうやら本人にとっても今回ハードルとして立ちはだかった要素の一つだったようだ。「緊張しているのは同期があるから」とはこの日の本人談だが、とはいえ彼女がこれまで行ってきた弾き語りやバンドの人力パフォーマンスにも、呼吸がダイレクトに聞こえてくるような緊張感はあった。それを強く実感したのが【水中花】でのフルバンド編成ライブで、それとはある意味で対照的なスリルがあったことも、今回の【残骸の呼吸】の興味深い点だった。

 そしてライブは、後半のアコースティック・パートへ。短尺のアップテンポ・ナンバー「coward」のソウルフルな歌声は、前半パートの隔世的な空気感を拭い去り、代わりに人間味溢れるダイナミズムを纏い始める。その華麗な転身は、終始生粋の芸術家然としている彼女の表現世界の中で、こういった魅せ方もあるのかと新鮮に感じる瞬間でもあった。

 故郷・大分の阿蘇野山にある過疎村の未来に馳せた想いが詰まった「追憶」、努力する人の背中を押す「バードコール」と、この日は2曲の新曲も披露。あらゆる事象を創作モチーフにする、その懐の深さに改めて感嘆する。

 アルバム『蘇生』とワンマン個展ライブ【残骸の呼吸】は、真摯に創作と向き合い続けた末にスランプに陥った湯木が、原点回帰を経て失いかけていた感情を取り戻そうとする“蘇生”処置。何も生み出せない“残骸”となってしまった自分も“呼吸”をしていることに気づき、キャンバスの絵の具を拭ったティッシュを見て、その美しさから“残骸の呼吸”の尊さを感じ取ったのだという。きっと芸術家ならばいつかは行き当たるであろう生みの苦しみの克服も、若干二十歳の女の子が体験するにはあまりに稀有なブレイクスルーだ。

 だからこの一連のプロジェクトは、将来、湯木慧のキャリアを振り返った時に重要なマイルストーンとなるはず。2019年にはビクターエンタテインメント内レーベル<スピードスターレコーズ>からメジャー・デビューすることも発表された。アルバム『蘇生』も【残骸の呼吸】も、どれもが未来への伏線だと言い切る彼女が、より大きなフィールドでどんな世界をキャンバスに描くのか、興味が尽きない。

Photo by 小嶋文子
Text by Takuto Uueda

◎公演情報
ワンマン個展ライブ【残骸の呼吸】
2018年10月20日(土)・21日(日)
東京・アートコンプレックスホール
<10/20 セットリスト>
01. キズグチ
02. ニンゲンサマ
03. キオク
04. カゲ
05. ミチシルベ
06. coward
07. 網状脈
08. 嘘のあと
09. 追憶
10. バードコール
11. ハートレス
12. 魔法の言葉
13. 一期一会
En
14. 僕と。