素手で食べると、アフリカが見えてくる <アフリカン・メドレー> (1/2) 〈アサヒカメラ〉|AERA dot. (アエラドット)

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素手で食べると、アフリカが見えてくる <アフリカン・メドレー>

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同じものを同じように食べているだけで、知り合いは数珠つなぎに増えていく。この写真に写る方々とも、後日何度も再会することとなった。 アベポゾ・トーゴ 2012年/Avepozo,Togo 2012

同じものを同じように食べているだけで、知り合いは数珠つなぎに増えていく。この写真に写る方々とも、後日何度も再会することとなった。 アベポゾ・トーゴ 2012年/Avepozo,Togo 2012

食事の手順は、以下の通り。1.奥左の石鹸を手に取る。2.奥右の桶の中で手を揉み洗う。3.隣に居合わせた人が、奥中の水を、手にかけてくれる。4.手前左のフフを右手でちぎりとる。5.指を柄杓状にして、手前右のソースに絡ませてすくい取り、口に運ぶ。 アベポゾ・トーゴ 2012年/Avepozo,Togo 2012

食事の手順は、以下の通り。1.奥左の石鹸を手に取る。2.奥右の桶の中で手を揉み洗う。3.隣に居合わせた人が、奥中の水を、手にかけてくれる。4.手前左のフフを右手でちぎりとる。5.指を柄杓状にして、手前右のソースに絡ませてすくい取り、口に運ぶ。 アベポゾ・トーゴ 2012年/Avepozo,Togo 2012

モプチでは、あちらこちらで声をかけられるようになった。独りさびしくなることも、独り困ってしまうこともない。 マリ・モプチ 2013年/Mopti,Mali 2013

モプチでは、あちらこちらで声をかけられるようになった。独りさびしくなることも、独り困ってしまうこともない。 マリ・モプチ 2013年/Mopti,Mali 2013

 広大なアフリカ大陸のうち25カ国を訪ねてきた、フリーランスライターで武蔵大学非常勤講師の岩崎有一さんが、なかなか伝えられることのないアフリカ諸国のなにげない日常と、アフリカの人々の声を、写真とともに綴る。

 まずは手を伸ばし、手がかりを見つける。つぎに足を掛けて、足がかりを築く。こうして少しずつ力(勇気)を込めて登って行けば乗り越えられる壁も多いのではないでしょうか。今回はそう思いたくなるようなエピソードです。

【アフリカン・メドレー フォトギャラリー】

*  *  *
 私は、アフリカの国々にいるときは、こまめに爪を切るようにしている。無論、見栄えを気にしてのことではない。

 アフリカの国々では、食事を直接素手で食べることが圧倒的に多い。日本のおにぎりのように固形のものであれば、指でつまんで口に運ぶことができるが、こうした米やパンのみならず、液状のソースや煮込み料理も、素手で食べる。爪が伸びていては、爪の間に食べ物がつまり、なんとも心地が悪い。よって、食事を気持ちよくいただくために、私はいつも爪を短くしている。

 もちろん、外国人が多く滞在するような施設やレストランであれば、ナイフとフォークが黙っていても用意されるので、爪が伸びていても、素手で食事をすることに抵抗があっても、多くの場合、困ることはない。また、前回ご紹介したアミの食堂のような場所に、私のような見知らぬ外国人客が突然訪れたとしても、周囲で仕事を手伝っている子どもに目配せをし、フォークやスプーンをどこかから見繕って持って来させ、わざわざ紙ナプキンで包んだ上で、さっと提供してくれる。けれども、私は、フォークやスプーンは不要ですよとの意を伝え、手で食べることにしている。
 地元民向けの食堂で外国人が食事をするのは、めったに見られない風景だ。よって、例えば、こんな攻防が繰り広げられることとなる。

 2002年、私は西アフリカのトーゴを訪ね、アベポゾという小さな村に滞在していた。露店の長椅子に腰を下ろし食事を注文すると、その場にいる人々の視線は私に集中し、こちらの一挙手一投足すべてが注視された。この段階ではまだ、私も露店の店主も、食事中の周囲のお客にも、なぜここに外国人が忽然と現れたのだろうかとの、一程度の緊張感が張り詰めている。

 フォークとスプーンを断ると、「あの外国人、手で食べるのか?!」と、さらに注視の度合いが高まる。手を洗うための水差しと桶が私の前に用意され、隣の客が無表情のまま、水差しを取ってこちらに向けてくれる。三々九度の杯に酒を注ぐように、少量を数回に分けて注がれる水を桶の上で受け取りながら、私は両手を揉み洗った。この時点で場の緊張感が若干薄まるが、まだまだ安堵には程遠い。

 私は、牛肉の煮込みとその汁を白米にかけ、汁気のある米を指の先ですくって口に運ぶ。しばらく食べ進め、周囲を見渡し、うまい!と親指を立てたところではじめて、周囲に安堵の空気が広がった。店主の女性は笑みを浮かべ、食べる手を止めていた若者は再び食べ始め、老紳士は私を見て頷きながら、口を拭って立ち去る。素手で食事をすることではじめて、少なくともその場においては、私は外国人ではなく、そこにたくさんいる、その他大勢のうちの一人となった。

 アフリカの国々の多くの地域では、ただそこにいるだけで、外国人は目立つ。白人やアジア人を目にすることはいくらでもあるのだが、現地の人々が生活する場に分け入ると、外国人を見かけることは途端に少なくなる。食事だけでなく、住環境や商習慣、交通事情においても、アフリカ各地の様式は、日本のそれとは大きく異なる。

 私たちの側から見える、アフリカの人々との間にある壁は、高い。しかし、高い壁を少しでも低くすることを願って、私はできるだけ、現地の人々と同じような行動様式を取るよう心がけている。素手で食事を取ることも、そのひとつだ。

 トーゴのアベポゾでは、私が現地の食堂で地元民と同じように食事をしていることは、あっという間に村じゅうに知れ渡った。私が彼らの食事を抵抗なく口にすることが知れ渡ったため、アベポゾに滞在中は、多くの村人から自宅の食事に招かれることとなった。外食ではなく、各家庭で家長から幼子まで含む一家全員とともに食事をすることで、私は食事以外の様々な生活様式を目の当たりにして知ることができた。

 西アフリカのマリ中部の街モプチでは、大衆食堂で食事を重ねた結果、モプチの街をひとりで歩いていると、「兄弟!」「友よ!」と見知らぬ人からあちこちで声をかけられるようになった。あなたのことを知らないけれど……と返事をすると、先方は、「あんた、あそこで飯食ってたじゃないか。俺たちと同じ飯を食っているんだから、家族のようなもんだよ」と言ってニコニコ顔。食事を終えた後、バイクで私をホテルまで送ってくれた常連客もいた。モプチに住む人々に向けたインタビューも、スムーズにことが運んだ。

 現地の食堂を訪ねて素手で食べるだけでも、こちらとあちらの間にあった壁は、ぐんと低いものになる。同じ水を飲み、同じ桶で組んだ水で体を拭い、同じ姿勢で挨拶の言葉を交わすうちに、壁はさらに低くなっていく。一見すると別世界にも感じられるアフリカの風景でも、結局は互いに同じ人間が行っている営みだ。向こう側が見えないほどの高い壁ではない。
 
 南アフリカ共和国では、こんな経験をした。

 2009年、南アフリカサッカーW杯の事前取材のため、私はW杯開催地のひとつのブルームフォンテーンという街を訪れていた。取材を終え、人の賑わいを求めて夕暮れの街中を歩き回るも、こざっぱりしたレストランばかりで、どうにもつまらない。すごすごとホテルに戻り、いつも鼻をすすっている受付の女性に愚痴ると、彼女はこう話してくれた。

「ブルームフォンテーンは(アパルトヘイト後も)白人の力が強い街だから、(黒人文化が表に見えないがゆえ)退屈なのよね。」

 なるほど確かに、南アフリカの他の街と比べても、ブルームフォンテーンでは白人が多いように感じられる。

「明日もこの街にいるのなら、セバスチャンズ・プレイスに行くといいわよ。あそこは、賑やかでいいところ。こんな街中なんかにいるより、よっぽど楽しいから。」

 セバスチャンズ・プレイスのある場所は、ロックランドという名のタウンシップ(旧有色人居住区)にあるとのこと。南アフリカの瀟洒(ショウシャ)な都市間を移動する際に垣間見えるタウンシップは、とても独りで足を踏み入れようと思える場所ではない。周囲は壁や鉄条網で囲まれ、極めて質素な家屋が密集しており、悲惨な生活だけがひたすらに想起させられる。タウンシップと聞いて不安になった私は、独りで訪ねても危険ではないのかと訊ねた。

「あんたたち外国人は、タウンシップっていうだけで、みんな怖がるのよね。あたしたちが普段生活している場所なんだから、大丈夫。あたしも昨日、行ってきたばかり。セバスチャンズ・プレイスは、あんたが独りで行ったって、なにも問題ないところよ」と、鼻で笑われた。

 翌日の夕方、まだ陽が落ちる前の明るいうちに、ポケットに一食分程度の現金だけを持って、私はセバスチャンズ・プレイスを目指してみることにした。


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