■炎天下での80本ダッシュ
忘れられないのは、小林靖子が初めて台本を手がけ(監修・井上敏樹)、佐藤健光がメガホンをとった第28話の変身場面の撮影だ。
炎天下の砂浜で、涼とギルス(演・押川善文)がシンクロして走って変身するのを、レール上を並走するカメラで撮影した。「距離は50メートル以上、全力疾走です。ところが、何度走ってもOKが出ない。ダメ出しもなく、『もう一回全力で』と言われるだけ」と振り返る。ギルスのスーツの押川と二人、80回は走らされただろうか。吐きそうなほど消耗したときに、やっとOKが出た。
「今思えば、監督は本当に必死な俺の顔が撮りたかった。でも、当時はそれが全くわからなかった。俺のせいで、マスクをつけているオッシーも一緒に走らないといけないから、申し訳なかった。撮影終わってオッシー、しばらく放心状態でしたから。でも、いい場面になりましたよね」と、しみじみ語る。
ギルスは、その押川と二人三脚で作り上げたキャラクターだった。「俺はアギトが役者としての本格スタート。オッシーもヒーロー番組で主役をやるのは初めてだった。だから二人とも必死。俺たちのそういう無我夢中さが、ギルスのキャラクターにうまくリンクした」と語る。
■やってきた「先生」に動揺も
中盤から登場したアナザーアギト・木野薫(演・菊池隆則)の存在感も大きかった。「実は、菊池さんは俺の先生なんです」と、意外なことを明かす。上京して間もない頃、所属事務所に演技の勉強のために紹介されたワークショップの講師が菊池だった。「でも、俺は遊びたい盛りだから、2回行ってフェイドアウト。そうしたら、その先生が『今日からよろしくな』とやってきたじゃないですか。もうビビってしまって、木野に何か言われる場面で、思わず『ハイ!』と涼らしからぬ元気な返事をして監督に怒られました」と笑う。
過酷な運命に負けず、前に進み続ける涼は、作中の仲間たちだけでなく、多くの視聴者をも励ました。病に苦しむファンから「人生に絶望していたが、涼を見て自分の悩みなんてちっぽけだと思った。涼に生きる希望をもらった」という手紙が届いたことを、覚えている。
「若い頃は、お金が欲しいとか、いい車に乗りたいということが頑張りの原動力という部分もある。でも、それだけじゃないんですよ。俺たちの仕事って、突き詰めれば結局こういう人助けだと思う。俺の演じた涼という人物が、誰かを救う一助になったのだとしたら、すごく嬉しいこと」と力を込める。
最終回で、仔犬を抱き上げて去っていった涼にもまた、救われていてほしいと願っている。「本当に、散々な目にあっている男ですから。元気で、せめて今は幸せな人生を歩んでいてほしい、と心から思っています」と語り、白い歯を見せた。(文中敬称略)
(聞き手/読売新聞記者・鈴木美潮)