自分や家族に医療が必要になったとき、望ましい医療を受けるには、患者自身が賢くなるほかない。患者のニーズは多様になり、医師も多様化している。現役の医師であり、東京大学医科学研究所を経て医療ガバナンス研究所を主宰する上昌広氏は、著書『病院は東京から破綻する』で、終末期のニーズについて提言している。
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患者にも医療の知識が増え、自分で判断できることが増えてきました。特に終末期医療では、その傾向が強いように思います。
どのような終末期を迎えるかは、先進国が抱える共通の課題です。
2014年12月31日に英国医学誌(The BMJ)の元編集長であるリチャード・スミス氏が「がんで死ぬのが最高の死にかた」という文章を発表し、話題を集めました。BMJは世界的な医学雑誌で、その編集長であったスミス氏は、世界で最も影響力がある医師の一人です。
スミス氏は自殺を除く死にかたを、突然死・がん・認知症・臓器不全に分類しました。最悪の死にかたと断じたのは「認知症を抱え、長い時間をかけてゆっくり死ぬ」ことです。
日本でも同様に考える人が出始めています。当研究所に勤務する50代の女性は、独身で、80歳代の母親と二人住まいです。彼女は「今はがん検診を受けているが、母親を看取ったら止めるつもり」と言います。彼女はがんで死ぬメリットを「診断されてから死亡するまで時間的余裕があり、会うべき人に会い、遺言や遺産分けを準備することができる」と説明します。彼女にとって、がんは尊厳を維持しながら、一生を終える手段なのです。
がんで死ぬことには問題もあります。それは痛みです。
スミス氏への反論の大半は「膵臓がん患者の痛みに配慮したことはあるのか」など、痛みに関するものでした。
日本はがんの疼痛対策後進国です。世界保健機関によると、日本は処方すべき医療用麻薬の約16%しか処方していません。多くのがん患者が痛みをこらえながら亡くなっているという状況は、早急に是正されるべきものです。
どのような終末期を迎えるかは、どのように尊厳を持って生きるかです。医師が患者を導く「パターナリズム」の医療は終わり、患者中心の医療が求められています。医師には何ができるのか、我々医師も自らの価値観の変更が求められているのです。
※『病院は東京から破綻する』から抜粋