『わたし、定時で帰ります。』(新潮文庫)。会社員の東山結衣は、非難されても絶対に定時で帰ると心に決めている。2019年にドラマ化された
『わたし、定時で帰ります。』(新潮文庫)。会社員の東山結衣は、非難されても絶対に定時で帰ると心に決めている。2019年にドラマ化された

 休んだ初日に、平日の朝9時から喫茶店に行って小説を読みました。そのときに信じられないぐらい面白かったんですよ。それまでは、小説は仕事のために、どこか成長するためにと思って読んでいたんですよね。でも、普通の人はリラックスしてるときに本を読むんだなって20年ぶりくらいに思い出しました。

 最初は「こんな生活を続けて預金も減るし、大丈夫かな」と思ってました。でも、1週間ぐらいボーッとして過ごしたあたりから、疲れが出てきたんです。20年分の疲れが、出てきた。

 社会に出て、20年たつうちに私の中にいろんなゆがみや考え方の偏りが積み上がっていたことに気づきました。「何者でもない私」としての生活を久々にやってみるなかで、「これだけ頑張ってきたんだから報われていいはずだ」とか「私が正しい」とか無意識に抱いていたこだわりが、流れ出ていくんですよ。お盆休みや正月休みのような短期の休暇では潜在的な疲れは取れないことを実感しました。

■半年や1年ボーッと

 頑張らなくてもいい生活を半年、1年と続けていると、さすがに飽きてくるんですよね。成長しなきゃいけないっていう自分の圧力からも逃れて、好きにして気が済んだら、もう一回競争とか成長の世界に戻ってもいいかなと思えました。

 とはいえ、会社勤めをするビジネスパーソンは、休みを長く取れたとしても1週間くらいではないでしょうか。できれば、40歳くらいで一度、長く休める制度ができればいいなと思います。半年や1年、ボーッとする間に、他の業界を見にいくこともあるかもしれません。そっちに転職する人もいるかもしれない。逆に、どこの業界に行っても結局同じだと悟って、じゃあ経験がある今の業界で、もう一回頑張ってみようという人もいると思います。

 定時で帰るあの人は副業しているんじゃないか。自分以外の人はキャリアを前に進めているんじゃないか。資格取得を目指して勉強しているんじゃないか。リモートワークが普及して同僚が見えないからこそ、疑心暗鬼になりますよね。転職が当たり前の時代、どうしても自分の市場価値を気にしてしまう。だから休むのは難しいと思います。

 でも休んだからこそ厳しい現実に戻ってこられる。心の旅ですね。戦って戻ってきたら、元の場所も前とは違った世界になっていて、新しい人生を生きることができる。私はそう思います。(構成/編集部・井上有紀子)

AERA 2023年2月13日号

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