鎌倉幕府創成期の暗部を照らし出した「炎環」で第52回直木賞を受賞した永井路子の作品には、中世に生きた女性を主人公にした作品が多い。独身で即位した初めての女性天皇である氷高皇女(元正天皇)の生涯を浮き彫りにした「美貌の女帝」、「炎環」と同じ時代に生きた北条政子の波瀾に充ちた半生を描いた「北条政子」、日野富子の悪行を描いた「銀の館」、細川ガラシャの数奇な生涯を描いた「朱なる十字架」などなど。
源氏三代による鎌倉幕府樹立を中心に、東国武士団の興亡を描いた1979(昭和54)年の大河ドラマ第17作目の「草燃える」は、その永井路子の「北条政子」「炎環」「つわものの賦」「相模のもののふたち」「絵巻」の5篇を原作としている。永井は大河ドラマ史上、初めて登場した女流作家でもある。
「草燃える」はそれまでの源平ものが平家や源義経を中心に据えた物語が多かったのに対して、源頼朝と政子に焦点が当てられているのが特色だ。鎌倉幕府を開いた源頼朝の妻であり二代将軍・頼家と三代将軍・実朝の母である政子の生涯を中心に、関東に武家政権を築いた頼朝の時代から、北条氏が実権を握り政権を盤石にした承久の乱までが描かれた。
尼将軍といわれた北条政子に非情で権力欲が強い女傑という負のイメージがつきまとうのは、俗説を基にした“日本三大悪女”のひとりとして取り上げられることが多いからだ。だが本作での政子は、頼朝を一途に思い我が子四人をすべて喪う哀しい女性、御台所の立場の重さにとまどっている等身大の女性として描かれている。