各国でアンチエイジング薬の開発が進められているが、現時点で一番有効なのはカロリー制限のようである。この発想自体は新しいものではなく、1935年にマウスの実験で、各種の栄養素を保ちながら摂取カロリーを30%制限すると、寿命が2倍近く延びることが報告されている。

 問題は人の場合、どの程度のカロリー制限をすれば寿命延長効果が期待できるのかがまだはっきりしない点である。巷に氾濫する怪しげなダイエットや、断食療法が有効とは思えない。マウスの場合、カロリー制限は放射線などによる発がん作用を抑制することが報告されているが、必要以上のカロリー制限、タンパク制限は免疫能を抑制し感染症に対する抵抗力を減弱させる。

 なぜ摂取カロリー量を減らすと寿命が延びるのかもまだよく分からないが、長寿遺伝子(寿命や老化には複数の遺伝子や機構が関与するのでこういうストレートな表現は好ましくないのだが)を活性化するのではないかと考えられている。実際、下等な線虫から哺乳類まで進化の上で保存されたage-1やdaf-2、酵母のヒストン脱アセチル化酵素Sir2遺伝子発現を誘導することにより延命効果が見られる。進化生物学的に考えて、食物が少ないと寿命を延ばして生殖の機会を待つのかもしれない。

 昔から「腹八分目医者いらず」と言い、江戸時代の学者貝原益軒は『養生訓』に「珍美の食に対するとも八九分にして止むべし」と記す。最高権力者の地位にあって、おそらく当時としては最高の美味佳肴を日々食していたことが皇帝の寿命を縮めたのかもしれない。

 始皇帝は、側近の讒言により有能な長男・扶蘇を謀反の疑いで自害させた。皇帝の死後、末子の胡亥が即位するも、宦官により暗殺され、そのあとを継いだ子嬰も在位1年で退位(後に項羽により殺害)、秦朝は3代で滅亡してしまう。生物全体の原則として、個体自体の寿命を延ばすよりは、自分の子孫を残すほうが遺伝子を残すには有効なことのよい例であろう。

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