面白いことに、天然痘根絶に役立った種痘ワクチンはワクシニア(ワクチニア)ウイルスである。種痘の創始者ジェンナーが牛痘を用いたことから、現在でも種痘は牛の痘瘡ウイルスと思っている方が多いが、両者はまったく別ものである。ワクシニアは世界中の医療機関や研究所のみに存在し、自然宿主は不明である。その起源として、牛痘ウイルスあるいは痘瘡ウイルスが動物や人間の皮膚で継代されている間に変異を起こしたものであるとも、両者の交雑ウイルスとも言われている。いずれにせよ、オリジナルの牛痘よりさらに副作用が少なく、19世紀半ばにはこれに置き換わった。近年ワクシニアと馬痘ゲノムに類似性があることが指摘されているが、先人が副作用の少ないウイルス株を求めているうちに、牛から馬に置き換わったのだろう。
早川智
東西交流の要所「シルクロード」が不幸にしてもたらした、人類史上最大規模のパンデミック