「長谷川君って、確か、東京の子ですよね?」

 記憶の糸をたどっていくかのように話し始めた早川は、現役引退後の2012年から4年間、オリックスで関東エリアの担当スカウトを務めていた。

「聖徳学園? そうだ、そうですよ。僕も見たと思うんです。でも、リストからは消しちゃってるんですね。そういうところが、ソフトバンクのすごいところですよ。3軍があるから、バラエティーに富んだ指名ができるんですよ」

 プロに行くような高校生なら、1年生のころからその存在は噂になる。“長谷川宙輝”も、オリックスのリストに間違いなくあった“はず”だった。しかし、獲得への予算や選手枠の制約から、数百人のリストの中から、最終的には5、6人しかドラフト会議では指名できない。選手一人ひとりを精査していく作業の中で、スカウトたちが“最初の基準”に置くデータは、選手の「身長」と「体重」だ。

 ボディーサイズは、乗用車の排気量にたとえられる。軽自動車と、メルセデス・ベンツでは、エンジンの大きさも違えば、乗用人員の定数も違う。人間でいえば、フィジカル面での差だ。ただ、人の場合、車のようにエンジンを取り換えることはできない。エンジンをチューンアップし、性能を多少はアップできても、軽自動車の排気量をベンツ並みに上げることなど、そもそも不可能だ。だから、プロのスカウトはまず、小さい選手より大きい選手、頑丈な選手を探すのだ。

 身長なら最低でも175センチ以上、180センチ前後が基準となってくる。体重も、70キロ前半では軽い。筋肉がついていない高校生でも、180以上の身長があれば、70キロ後半から80キロ台が目安になってくる。球団発表の長谷川の身長は174、体重は73。これだと“細い”と判断され、継続調査に入る以前に、そのリストからはじかれてしまう可能性が大きい。

 だから、オリックスの指名リストに「長谷川宙輝」がなかったからといって、早川の見る目がなかったわけでも、オリックスのスカウト網が特に弱いというわけでもない。育成に特化できる3軍という枠を持つソフトバンクには、長谷川のような隠れた逸材を獲得してから、時間をかけて育成できるだけの“ゆとりと環境”が整っている。そこが他球団との大きな違いだ。だからこそ、ソフトバンクのスカウトたちは、全国をくまなく回り、スカウト網を張り巡らせ、他球団ではリストにも入らない選手であっても、何か光る部分があれば継続して追いかけ、可能性を見いだしていくのだ。

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