このような、赤土と芝の性質の変化と、それに伴う故障のリスクに苦しんでいるのは、錦織以外の選手にしても同様である。近頃、その困難さを端的に言葉にしたのは“赤土の王”ことラファエル・ナダルだ。今年3年ぶりに全仏を圧倒的な強さで制したナダルは、優勝後の会見でウィンブルドンへの展望を問われると、次のように答えている。

「それは膝の状態次第だろう。2012年以降、僕は常にウィンブルドンでは膝に問題を抱えてプレーしていた。芝では常に重心を低く保たなくてはいけないし、足元は踏ん張りが利かず不安定だ」

 その「不安定な足元」を嫌い、芝大会への出場を可能な限り回避している選手も少なくない。アクロバティックなプレーで観客を魅了するガエル・モンフィスも、その一人。彼は「芝は思いもよらないところで足を滑らせ、ケガをする危険なサーフェス」だと言い、体調面に不安がある時はウィンブルドンですら出場を見送ってきた。

 また、今年5月に膝の手術から復帰した伊達公子も、芝を得意とするにもかかわらず、プロテクトランキング(公傷を負った選手の救済処置)を使ってのウィンブルドン予選出場を見合わせている。やはり芝は足への負担が大きく、ケガ再発の可能性が高いための判断だった。

 みずみずしい芝の青が目にも優しいウィンブルドンは、その歴史と伝統も相まって、最も優美なトーナメントだと思われがちだ。しかし戦う選手たちにとっては、過密なスケジュールのなかで赤土からの急激な変化への適応が求められる、最も非情な大会である。

 その過酷な欧州ツアーの最終局面を折り返し地点として、長いテニスシーズンも、いよいよ後半戦へと突入する――。(文・内田暁)

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