しかしこの夜「狼に狩られる羊」のようだったパリSGは、牙も持っていた。バルサが危険を冒してジェラール・ピケが攻め上がったとき、それを奪い返してファウルを誘ってFKに。ハイボールに競り勝つと、落としたボールをエディソン・カバーニが右足で蹴り込んだ。
これによって、バルサはギアが落ちる。イニエスタは体力的に限界でベンチに下がり、3点が必要。時間は刻々と過ぎる。
ただ、この夜の彼らは巨大な熱に後押しされていた。
「私が見てきた中で一番、ファン+チームが一体になった試合だった」(L・エンリケ監督)
88分にネイマールがFKを沈め、91分にもL・スアレスがエリア内で倒され、このPKをネイマールが沈める。“奇跡の箱”カンプ・ノウが人知を超えたうごめきを見せ、その熱がフットボールに乗り移る。アディショナルタイム、FKのこぼれを拾ったネイマールは焦って入れず、目の前のDFを一人はがし、左足で逆サイドに入れる。ラインぎりぎりで飛び出したセルジ・ロベルトが右足で合わせた。
「9カ月後に向け、(産婦人科病院は)看護師を多く雇った方がいい。今晩は大勢が睦み合うだろうからね」
ピケはジョークを飛ばしたが、まんざらではないほどに熱がたぎった。奇跡の正体があるとすれば――。それは男たちが感情のままにフットボールに没頭したことにあるかもしれない。
「フットボールはエモーションだ」
フランク・ライカールトの名言である。
小宮良之
1972年生まれ。スポーツライター。01~06年までバルセロナを拠点に活動、帰国後は戦うアスリートの実像に迫る。代表作に「導かれし者」(角川文庫)、「アンチ・ドロップアウト」3部作(集英社)、「おれは最後に笑う」(東邦出版)など。3月下旬に「選ばれし者への挑戦状」(東邦出版)を刊行予定