高齢者手術の現状を知るには、地方の主力病院が参考になると考え、山形県立中央病院で話を聞いた。同院は大腸がん手術を、東北地方では2位となる年間229例(14年)実施している。外科部長の佐藤敏彦医師はこう説明する。

「地方では、もはや75歳でも高齢者とは考えていません。当院では大腸がん手術の手術症例(15年)の約3割が75歳以上です。おそらく全国的にも各県の中核病院では同じような比率になるのではないでしょうか」

 高齢者にも原則、根治手術をおこなう。ただし、大きな手術は極力避けたほうがいいという。若い人であれば、再発のおそれのある周辺臓器を徹底的に取りきるケースでも、高齢者の場合、各臓器の機能低下を考慮して、そこまでしないことが多いという。

「80歳以上ではリンパ節郭清をおこなう範囲も通常よりは狭くします。徹底的に取ると、たとえば右結腸の場合では、膵臓の周りのリンパ節を取るため、膵液漏れや膵炎を起こすなど、膵臓への影響が出る危険性があります。直腸では側方リンパ節郭清をおこなうことで、骨盤内の排尿神経などの機能障害が出てしまうことがあります」(佐藤医師)

 一方で過剰な温存手術も良くないという。とくに避けたほうがいいのは、「括約筋間直腸切除術(ISR)」。通常はこの手術で肛門機能を温存すれば、人工肛門(ストーマ)を装着しなくて済む。QOL(生活の質)を高める手術と言われる。しかし、高齢者には無理に実施するとかえってQOLの低下をもたらすと佐藤医師は指摘する。

「80歳を超えたらISRは無理にしないほうがいいでしょう。もともと加齢による筋力低下で肛門機能が衰えており、肛門機能を温存しても、便失禁をしてしまうことが多いからです。人工肛門を装着したほうがいい場合もあります。もちろん患者さんの希望を聞きますが、当科では、ISRの適応は80歳くらいまでにしています」(同)

 大腸がんの高齢者の手術におけるエビデンス(科学的根拠)の確立は、進んでいるのだろうか。大腸癌研究会では『大腸癌治療ガイドライン』を作成し、全国の医療機関では原則これに従い手術がおこなわれている。ただガイドラインに従った標準手術を適応できる患者は全体の約7割という。

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