魚を“選ぶ”のは店の人間だけではない。7時をまわり、続々と魚を買い付けにやってくる客もまた、魚を選ぶ。コハダを1匹1匹手に取って確かめてから、望みのものを並べていた。筋子も直接手にとって、品定めしていた。

 塩原さんを見ていると、客が魚を択ることを推奨しているように感じられた。

「サンマは、こっちの箱を見てみて。全部開けていいから」「アジはこれがいいよ。こっちの箱」「キンメのいいの、(箱を)開けますよ」

 私は築地で何度か、「最近は、客が魚を択らなくなった。店も、あまり択らせなくなった」という声を聞いたことがあったが、希海では、魚を買う側も真剣に、魚を選別している。客どうしで顔見知りの関係も多く、談笑しあう姿もよく見られた。

 私が塩原さんと初めてお会いしたのは8月下旬のこと。店先に置かれた筋子を見て、私は「この時期にもう、筋子が売られているのですね」と感想を漏らした。筋子というものは、秋に帰ってくるサケから得られるものだと思っていたからだ。

「筋子は、今の時期が一番いい。(サケが)沖に出ているほど、(卵の殻が)柔らかいから」と、この時も塩原さんに苦笑いされた。「みんなが思っている旬っていうのは、ものすごくずれていることが多い」とも。塩原さんは常に、「うまそうなもの」と、例えば関アジや関サバのような「ブランド」とをしっかり押さえながら、そして、食べながら、お客さんの反応を見ながら、魚を選んでいるという。

 塩原さんは、「常に100点を取ることはできない」と、何度もくり返す。

「全部が全部、いい魚を買える(引いて来ることができる)わけではない。いいものがあるということは、悪いものがあるということ。悪いものがあるということは、いいものがあるということ。常に、無駄との戦い」

 塩原さんはまた、「この人だからOKということもない。どんな人間にも隙がある」とも繰り返していた。信頼している筋から引いてきた魚であっても、改めて客観的に、仲卸が見極めることが重要なのだろう。
 
 中西さんから「お客さん、産地にうるさいんですよ」と聞いた時、私には、ブランドという意味での産地へのこだわりとしか受け取れなかったが、中西さんはすかさず「(魚を)とっていい場所で、決められた量の魚じゃないとダメなんで……」と説明を加えてくれた。

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