東京大神宮(東京都千代田区)は、東京のお伊勢さまと呼ばれ、「縁結び祈願」をしたことのある若い女性なら一度はお参りしたことのある神社だろう。大人気となったきっかけは、Twitterなどによる口コミによるものらしい。東京大神宮の建物にはハートマークのように見える意匠があり、それが縁結びと関連づけられて拡散されたことも、東京大神宮人気に一役買ったようだ
●日本古来の図柄
ところでこのハートマーク、実は東京大神宮だけにあるものではない。われわれは「ハート」と呼んで、まるで外国から入ってきた図柄のように思っているが、この形は日本語で「猪目(いのめ)」と言い、はるか昔から多くの造形物に使われてきたものだ。
特に多く見られるのが、神社仏閣で、ほかにもお城の装飾品や刀の鍔、伝統工芸品として残る家具の金具としても用いられている。
●イノシシは魔除けに
「猪目」と呼ばれるのは、イノシシの目の形に似ているという意味なのだが、実際、本物のイノシシの目と比べてみると、そう言い張るにはちょっと無理があるように思われる。
イノシシは神さまのお使いとして考えられており、古事記によると伊吹山でヤマトタケルノミコトを倒した神さまは白猪とも記されている。また、多くの武士たちに信心された摩利支天はイノシシに乗った姿で描かれる神さまであり、前回ご紹介した弁天さまの多くはヘビと習合したが、一部ではイノシシを使徒といる弁天さまもいる。このように、日本ではイノシシは縁起のよい動物として扱われてきた。
●トンボは「勝」のシンボル
日本だけでなく、縁起の良い図版というのは各国にあるが、日本は特に多い国かもしれない。日頃何げなく見ているもののなかにも、いろいろな意味が込められている。たとえば、唐草模様は「唐草のツルは途切れることがない」というところから、「永遠に幸せが続くよう」という意味が、「トンボ柄」はトンボの後ろには下がらない習性から、「勝虫」として武士たちに好まれた図版だった。お祝いものなどを送るための風呂敷に唐草模様が、また武将たちの武具ににトンボがたくさん描かれているのはこのためである。
●ハートマークは寺社のあちこちに
上記のような理由から、イノシシを魔除けとしてシンボル化したのがハートマーク(猪目)だったのだ。なかでも神社仏閣は、神さまの住む家でもあり各所にいろいろな縁起柄がほどこされてきた。特に入り口となる山門、本殿の屋根や柱には多くの装飾がほどこされた金具が用いられた。たまたま猪目模様が外国から入ってきた「愛」を図形化した「ハートマーク」と同一化し、縁結びの神社やお寺では、昔からの意味に加え、現代の若者たちにもわかりやすい縁起物として存在感を高める結果となっている。
猪目の形には多くの芸術家たちも魅せられたようだ。昨今注目を浴びている江戸時代の画家・伊藤若冲は「老松白鳳図」の中で鳳凰の羽に猪目をこれでもかというくらいに描いている。
神社仏閣から絵画まで、各所に残るハートマークを見た海外から来た旅行者に、「これは日本で古くからある縁起のよい形なんだよ」とぜひ説明をしてあげてほしい。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)