差し出された右手を握り返す代わりに、ガエル・モンフィスは錦織圭の肩に長い腕をまわして引き寄せた。オリンピックの準々決勝――3時間に迫る死闘が勝者のみならず、敗者にとっても特別なものであることを象徴するシーンだった。
モンフィス戦が今大会の一つのヤマ場になることを予見していた錦織の、集中力は高かった。リオ・オリンピックのコートはボールが高く跳ね、なかなかウィナーが決まりにくい。そのコートで長い打ち合いを続けては、驚異のコートカバー能力を誇る相手のリズムに絡め取られる。だからこそ錦織は、試合立ち上がりからコート内に踏みこみ、相手に先んじて広角に打ち分けた。モンフィスがベースライン後方まで下がり守備に転じたとみれば、得意のドロップショットをネット際へと沈めていく。第1セットは両者ともにブレークこそ無いものの、優勢に立ったのは錦織の方。タイブレークでも堅実さと攻撃性を絶妙な比率で配合し、第1セットを競り勝った。
この流れに乗って一気にトップギアに入れたい錦織は、第2セット最初のゲームで、この試合初のブレークに成功。理想的な展開に持ち込んだかに見えたが、この日の錦織が唯一不調だったのが、サービスだ。第1セットでもファーストサービスの確率は50%と低く、その数字は第2セットに入っても上がらない。ブレークした直後のサービスゲームでも、サービスに苦しんだ錦織は相手の反撃にあう。このゲームでのモンフィスは、ネット際で足をもつれさせ決定的なボレーをミスする場面もあったが、直後に照れ隠しをするかのように腕立て伏せし、そのユーモアが観客の心をさらった。自分で自分を盛り立てブレークバックしたモンフィスが、ゲームカウント5-4からの第10ゲームも40-0から追い上げ逆転でブレーク。勝敗の行方は最終セットに委ねられた。
追いあげ精神的にも乗ってきたモンフィスは、その良い流れを最終セットにも持ち込んでいた。だが錦織は、依然入らぬファーストサービスに苦しみながらも、緩急とコースを打ち分けるセカンドサービスで、なんとか相手の勢いをせき止める。このセットも結局は両者ともにブレークチャンスもないまま、ついに試合は、最終局面のタイブレークへとなだれ込んだ。