


ヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)建設問題に揺れる東村高江は、沖縄県の北部、やんばるとよばれる亜熱帯森林のなかにある約150人の住民が暮らす小さな集落だ。高江は米軍北部訓練場の真横に位置しており、現在でも、昼夜問わず毎日のようにヘリが飛んでいる。
そんな小さな集落に、さらに6つのヘリパッドを建設するということが、どういうことなのか分かるだろうか。「高江に人が住めなくなる!」と考えた住民たちは、自分たちの生活を守るために、抗議活動を始めた。
なぜ国は、沖縄にばかり苦しみを背負わせるのか? 『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(朝日新聞出版)の筆者である、ジャーナリストの安田浩一が現地を取材。そこで目にした、国家権力によるむき出しの暴力とは。そして、メディアに求められる「役割」、問われる「立ち位置」とは。
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1995年、沖縄県内で米兵による少女暴行事件が起きたことで、日米両政府は米軍基地の整理縮小、一部返還を行うことで合意した。しかし、両政府が合意したのは無条件の「返還」ではなく、代替地への移設という条件を伴うものだった。
たとえば普天間飛行場の返還を理由として、辺野古新基地建設が進められようとしているのと同じように、本島北部の「米軍北部訓練場」も高江に6カ所のヘリパッドを新たに建設することが交換条件となっていた。
高江でも地域の意向を無視するかのように工事は進められたが、一部住民によって建設反対運動が進められるなか、工事は一時中断させられた。ところが、参院選が終わった直後、国は工事再開の動きをみせたのである。
そして、国はついに高江のヘリパッド建設工事を強行した。
7月22日早朝。「排除!」のかけ声とともに、全国各地から派遣された機動隊員がいっせいに、抵抗する市民に襲い掛かった。薄明かりのなか、怒声と悲鳴が響き渡る。現地で取材していた私が目にしたのは、国家権力によるむき出しの暴力だった。
「なぜ、沖縄ばかりがこんな目にあうの」
泣きながら抗議する女性を、機動隊員は柔道の技をかけるように押し倒した。地面に組み伏せられた者もいる。粗大ごみを扱うように、座り込んでいるところを4人がかりで放り出された者もいた。
「もういい。もう限界だ。このままでは死者が出る。もうやめてくれ!」
抗議行動を率いてきた沖縄平和運動センターの山城博治議長が叫んだ。機動隊員によってびりびりに引き裂かれたシャツの袖から陽に焼けた腕を突き出し、「やめろ、やめてくれ」と繰り返す。