殻の硬さも獲(と)れる場所によって違うとのこと。色味と殻の硬さがそれぞれに異なることを計算に入れた上で、一匹一匹を指でギュッと握りながら、森田さんはエビの状態を見ていたのだった。
エビを買いに来る客先へも、たびたび足を運んでいる。「全部が全部行けるわけではないんだけどさ」と話しながらも、どうやって自分のエビが出されているのかは気になるという。あの数寄屋橋にあるすしの名店をはじめ、ほとんどの店ではエビを湯がいて使っているらしい。「そりゃね、生きてるんだから生でも食べられるよ。だけどね、甲殻類はやっぱり、火を通したのが一番うまい」
市場が休みの日も、エビの様子を見るために森田さんは店を訪れる。10年ほど前から水曜日が休市日となったことを、森田さんはよく思っていない。
「水曜日が休みだと、エビを買って寝かせて(休ませて)おくことができない。全国の荷主も築地に合わせて出荷してくる。休前日と平日では値にばらつきが生じ、結局高くなるんです。市場っていうのは、休むもんじゃないと思うんですけどね」
水榮で仕事を始めて50年の間に、体調を崩して仕事を休んだのはたった2日だけ。毎年12月30日に、家に帰って神棚を掃除し、お飾りを準備して一服すると、すべての緊張が解けたためか、熱を出すこともあるという。それほどに、森田さんは自分のエビに情熱を注ぎ続けてきた。
豊洲へ移っても仕事を続けるのかをたずねると、森田さんは一瞬、間を置いた。
「別に内緒にしているわけではないんだけど、お客さんにも誰にも、やめることをまだ話してないんです。でもね、親父にだけは言ったんですよ。深川の墓の前で、『親父、ごめんね。俺、やめることにしたから』って」
「(お客の)引き継ぎをする予定でいます。いつもうちで買ってくれていたお客さんを連れて、他の店をまわって、エビの見方を教えてあげようって。それくらいはしないと。そして、ああやっぱり、水榮のエビはよかったんだなって思ってもらえれば、もうそれで十分」