吉野家築地店は、吉野家の社員にとっても、「聖地」のような場所である。
「我々にとってはここから全てが生まれた、吉野家生誕の地ですからね。馬蹄カウンター、牛丼単品メニュー、厨房のレイアウト……。すべてここから始まって、吉野家のスタンダードになっていったわけですからね」
ちなみに2号店が新橋に誕生したのは昭和43(1968)年のこと。吉野家のチェーン展開が、はじまる。
築地店には市場の外からも多くの来店があるが、築地市場にある飲食店の中では、市場関係者の顧客の比率が高い部類に入る。加藤さんは言う。
「長年市場で働く方々のお腹を満たすという役割を果たしてきたということですね。市場の中には、長い行列ができる人気の寿司店なども多くありますが、決して安くはないですよね。市場の中で働く人にとっては毎日の話ですからね」
この「毎日」というところにも、吉野家の人気のカギがある。
「吉野家の牛丼は、正油と白ワインをベースに、あっさりと仕上げています。濃いめの味つけにはしていない。そうでないと、『美味しかった。でも、しばらく牛丼はいいや』となってしまいます。毎日食べても飽きない味を研究し続けたんですね。お客様が召し上がりたいのはお肉。玉ねぎはお肉をまろやかにするために欠かせませんが、豆腐や長ネギ、しらたきなどは、牛丼には“あってもなくてもいい”という考え方です。」
1号店のメニューは、一貫して牛丼と牛皿だけ。こだわりの品揃えのようにも思えるが、こんな事情もある。
「他の店舗と同じように新商品を導入した場合、肉を焼く器具、食器、さらに食材の保管……それらを置くスペースがないんですよ」
「だけど、ここで食べる牛丼は、美味しい気がするんです」
と加藤さんは言う。
「もちろん築地市場という雰囲気もあるかもしれませんが、牛丼だけをひたすら作る店員が作ってくれるから、ということもあるんじゃないでしょうか」
11月。築地市場は豊洲の新市場に移転する。吉野家も、新市場に移転予定だが、現在のものとは異なると加藤さんは言っていた。
「店の雰囲気までCMと同じようなものを再現しようとすると、内装などコストがかかってしまうんです。残念ですけど、今のこの風情とは、また違った店になると思いますね」
CMで菅田は胸をはって言う。
「この味はオイラが、100年たっても守ります!」
1号店の味と魂は、豊洲に引き継がれる。(太田サトル)