「長門」と同じく、終戦時生き残っていた艦船では、特務艦「宗谷」もよく知られている。戦後は海上保安庁の巡視船、南極観測船として活躍、現在、永久保存船として東京都品川区の「船の科学館」に今も往時と変わらぬ姿をみせている。

 他方、「長門」は、戦後間もなく米軍に接収されビキニ環礁沖での核実験に参加、ここで生涯を閉じた。核の爆風を受けても、なかなか沈まない「長門」を、当時の人々は、「多くの英霊が支えている」と囁きあったという。

 歴史に、“もし”はない。だが、もし、「長門」が捕鯨船として貸し出されていたならば、ビキニ環礁の核実験で沈むことはなかったかもしれない。

 そして、戦後の世も生き残り、旧駆逐艦「梨(護衛艦・わかば)」のように旧海軍からの伝統継承者として後進を見守っていたのか、はたまた南極観測船「宗谷」のように永久保存船として、その姿を母国である日本の地でわたしたちにみせていたのだろうか。

 いずれにせよ戦前、日本の象徴として生まれ、戦い、生き残り、戦後、外国の海で外国人の手により核実験の末沈んだ「長門」の生涯は、日本の歴史を考える上で決して忘れてはならない。

(フリーランス・ライター 秋山謙一郎)

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