第5回朝日時代小説大賞の授賞式が12月12日、東京都中央区で行われ、受賞作『火男』(朝日新聞出版)の著者、吉来(きら)駿作さんに賞金と記念品が贈られた。従来の枠にとらわれない時代小説の書き手を発掘する、と銘打つ賞だけあって、吉来さんはホラー小説作家出身。受賞作は、室町時代が舞台ながら、ハリウッド大作なみの痛快活劇ともいうべき快作だ。
選考委員の縄田一男さんは「ユーモアが哀切に、哀切がユーモアに転じる巧みさ」、松井今朝子さんは「黒澤映画の『用心棒』のような、いわゆるトリックスター的ヒーロー物」「寓話的な大人のメルヘン」と評した。
「みんなに叱られるんです。荒唐無稽にもほどがあると」。吉来さんは笑って言う。主人公の「火男」は、 "ひょっとこ"そっくりの異形の風貌と、火を自在にあやつる異能の持ち主。顔立ちはユーモラスなのに、たった一人で大軍勢に立ち向かう姿はアクション映画のヒーローみたいなかっこよさだ。日本にまだ火薬のない時代に戦場で火器を使うのは空想の領域だが、戦闘シーンは臨場感たっぷりで、次々と火薬のはじける様子が目に浮かぶ。落語の影響、という会話のテンポも心地よい。「ここまで奇想天外な作り話を破綻なくまとめ、しかもワクワクさせる描写力は抜きん出ていました」と、担当編集者の長田匡司さんも舌をまく。
「時代小説を書くなら故郷の古河(こが)のことを書こうと決めていました。子どものころから遊んでいて、地形も路地の曲がり具合も、すみずみまで頭の中に入っています」(吉来さん)
なるほど、リアルなのもむべなるかな。しかもこの物語、史実が題材だというから驚く。
吉来さんが中学のころ、故郷の茨城県古河市の市史の編纂が始まった。別巻の古文書集を父が買ってきてくれて、漢文の書き下し文で書かれた文書を夢中で読んだ。そこに、故郷が一度だけ体験した奇妙な戦のことが書かれていた。鎌倉の大軍10万人に対し、迎え撃つ古河城はたったの85人。とうてい勝ち目がないと思われた篭城戦は、わずか数時間で驚きの結末を迎えるのだが、『火男』でも一部を除いてほぼ忠実に再現したという。どんな奇策を用いたかは、読んでのお楽しみだ。
王道の時代小説とは違う、現代的な感覚を取り入れた「ネオ時代小説」がいま、人気を集めている。万城目学さんの『とっぴんぱらりの風太郎』、冲方丁さんの『天地明察』、和田竜さんの『のぼうの城』、垣根涼介さんの『光秀の定理』といった作品群に代表されるその系譜に、吉来さんの『火男』も連なることになるのだろう。
「故郷の埋もれた歴史に光をあてたと言われますが、そんな大層なものじゃない。ただ楽しく読んで、読み終えたらあとに残らないのが娯楽小説。楽しんでもらえる時代小説をこれからもどんどん書いていきたい」
そう抱負を語る吉来さんの受賞第1作は、やはり古河が舞台で、江戸時代の仇討ちがテーマ。しかも主人公は今で言う「ひきこもり」だが、怪力の持ち主だという。来年に刊行を予定している。