あの時の光景は今でも僕の中で何度も反復されます。その時見たパイロットが、ニッコリ笑いながらコカ・コーラを飲んでいる絵を描きました。この絵は反戦のプロパガンダではなく、子供時代の悪夢の一瞬です。こんな一瞬の光景が僕の絵の原点かも知れません。戦争の悪夢が創造のインスピレーションになるのは決して嬉しいことではありませんが、僕の創造の核になっていることは間違いありません。

 セトウチさんの戦争体験をぜひ聞かせて下さい。この手紙を書いているアトリエの壁に立てかけている大きい絵も、戦争から発想したものです。どちらかというと映画的な絵です。戦争映画は怖いですが、自分が筆を持つと平気で怖い場面を描いてしまいます。戦争は現実ではなく、幻想であってもらいたいですね。絵の想像力はある意味で残酷です。自分の中の死の恐怖を吐き出すために、こんな絵を描かせるのかも知れません。楽しい夢を見て眠りましょう。

■瀬戸内寂聴「戦争のこと、あまりにも話がありすぎて」

 ヨコオさん

 怖い疫病が荒れ狂って日本じゅうがかき廻されています。伝染病ということで、みんなマスクをして右往左往しています。特に老人が狙われるということなので、のんきな私でさえ自粛して、寂庵にとじこもっています。

 首相より速く、寂庵はすべての行事(法話や写経)を取りやめています。仏様にお参りにきてコロナウイルスを貰ったなんてことになると、仏教の有難味に傷がつくでしょう。

 この新型コロナは、老齢者を好くとやらで、私やヨコオさんのような、れっきとした老人はいっそう気をつけましょう。要するに、どこへも出かけず、誰にも逢わないことが第一です。手を洗えといっても、老人の皮膚は弱いので、そんなに洗ってばかりだと、手の皮がむけてしまいます。アベ首相の考えで、学校まで休みにしたので、家庭が混乱しています。

 私の産まれる二年ほど前までに世界じゅうにはやったスペイン風邪というのは、子供心にも覚えています。

 婚約者がスペイン風邪で死んだので、やけになって、たまたま求婚してくれた中国人の留学生と結婚したという婦人を知っています。

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