「とにかく台本を読み込んで、“前髪を触る”という癖まで自分で作り込んできたんです。初めは松岡本人の癖なのかと思ったくらいです。でも、物語が進んで沙希が変わっていくにしたがって、その手癖がなくなっていくんです。台本を自分なりに理解して、ディテールを積み重ねる。綿密にプランを考えている女優さんだと思いました」

「GO」の窪塚洋介、「世界の中心……」の大沢たかお、「リバーズ・エッジ」の二階堂ふみ……。行定映画の主人公に共通しているのは必死に生きる姿だ。

「それは“あがく姿”ですかね。きっと僕が底辺の経験をした人間だからだと思います」と、行定監督は話し始めた。

「ウチの家庭はどん底まで落ちたんです。一家離散になるくらいの経験をした」

 10代の頃、父の経営していた会社が倒産し、借金で首が回らなくなり、借金取りに追いかけられるような経験をした。一家離散するところまで追いつめられていたが、息子の行定監督は「逃げればいいじゃん」と、両親と離れ、一人自活して高校に通ったという。

「それまで、税理士になれとか教師になれとか言われて、嫌だった。しかし、自活して、自由になれた。おかげで好きな映画の世界で勝手にやることができた。確かに自由は得られたけど、苦労は絶えなかったんです。そんな経験があるからだと思いますが、底辺の人が一生懸命あがいている作品じゃないと、真実味が出てこない気がしてしまうんです」

 真実味を描くために心がけているのは、演じる俳優がどう考えているか、演じる俳優が演じたいように撮ることだという。

「役者と僕では考えていることも、年齢も生き方も違う。僕にとっての青春の残照を撮りたいと思っていても、それを無理やり俳優たちに強要したところでリアルにならないでしょ。今の時代の人間を描くためにも、彼らの心情を大事にしたいんです。そのほうが観る人だってわかってくれると思うんです」

 その究極の形が、若い人たちの“何も起こらない日常”を描いた「きょうのできごと」だという。

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