このケースでは、父親の財産を長男が相続する権利自体は、「代襲相続」という仕組みで孫に移る。だが、遺言の内容は長男が死んだ時点で「チャラ」になってしまうというのだ。
以前はこうしたケースの取り扱いで学説は分かれていたが、2011年に遺言内容は引き継がれないとする最高裁判決が出されたからだ。
判決理由では、「不動産を相続させる」といった遺言内容は、通常、遺言を作ったときにおける特定の推定相続人に、不動産を取得させる意思を示すものにとどまると指摘。推定相続人が遺言者より先に亡くなった場合には、推定相続人の代襲者がそのまま不動産をもらえるわけではないと説明している。
「つまり、自宅は長女・次男との遺産分割協議を経ないと、孫に引き継げなくなってしまうのです。自宅が遺産の多くを占めていると、長女や次男が売却を求めてくることが十分考えられます」(同)
確かに、100歳の親と70歳の子どもだと、子どものほうが先に逝ってしまうことは十分ありうる。そのときに遺言の書き換えを忘れると、自分の思った遺産分けができなくなる恐れがあるのだ。もっとも廿野さんによると、それを避ける方法があるという。
「遺言に、『長男が遺言者より先または同時に死んだ場合は、自宅を孫に相続させる』とする条項を入れておくのです。ちょっと難しい言葉ですが、『予備的遺言』といわれるものです。私が頼まれて遺言を作る場合は、必ずこの条項を入れるようにすすめています」
法的に有効な遺言書で、その内容が各相続人の遺留分に配慮され、かつ、相続人が先に亡くなっても被相続人の意思が引き継がれるように予備的遺言が書かれている──。この三つがそろっていれば、どうやら「最強の遺言」が完成しそうだ。
廿野さんがしみじみ言う。
「これだけ相続が話題になっているのに、遺言を作る人はまだまだ少ない。私のイメージでは全体の1割といったところでしょうか。相続セミナーで講師をすることも多いのですが、来る人は皆さんよく勉強なさっています。制度を詳しく知っている人が大勢いらっしゃるのです。となると、その知識を使う人が出てくると見るのが自然ですが……」
不安があるのなら、やはり遺言は必須のようだ。(本誌・首藤由之)
※週刊朝日 2020年4月3日号より抜粋