例えば筋力が命の重量挙げの選手と、柔軟性が命の新体操の選手とでは、手術の術式を変える場合があります。また、同じラグビーの選手でも、切り返しやステップなどの動きが大事なバックスの選手と、スクラムを組むときのパワーが重要なフォワードの選手の場合であっても同様です。競技の特性を理解したうえで一人ひとりの選手を診て、瞬発力、柔軟性、強度など、何を優先すべきかを知っているスポーツドクターだからこそ、完全復帰を可能にする手術ができるのです。

 そのほか手術においても、選手のからだに与えるダメージを極力小さくして回復を早めるために、多くの場合「低侵襲手術」をおこなっています。これは、内視鏡や関節鏡などの手術機器を用いて、小さな傷で、筋肉や神経などの組織をなるべく傷つけないようにおこなう手術ですが、機器の取り扱いにはトレーニングが必要であり、高度な技術を要します。スポーツ整形外科には、内視鏡や関節鏡手術を得意とする医師が比較的多いのが特徴です。

 またもう一点、名医は早期復帰を実現するために、競技力回復のための効果的な術後リハビリテーションも提案します。例えば靱帯断裂で再建ができても、それが強固に定着するためには、リハビリ期間をどう過ごすかが重要です。リハビリはやり過ぎても逆効果で、適切な時期に適切な強度でおこなう必要があります。

 場合によっては、手術だけをうまい先生に依頼するような例外もありえますが、そのときも術後のリハビリは手術と同じくらい重要です。かならず執刀医と連携して、回復状態に合わせた適度な強度の効果的なリハビリと、最適負荷のトレーニングをおこなえる施設で治療を続けることになります。

 長くつらいリハビリを乗り越えられるのは、「なんとしても競技に復帰する」というアスリートのもつ強靱な精神力があるからこそです。その思いに寄り添いながら選手を全力で支え、ときには弱音を吐く選手を叱れるのが、真のスポーツドクターなのです。

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松本秀男

松本秀男

松本秀男(まつもとひでお)/医師。専門はスポーツ医学。1954年生まれ。東京都出身。1978年、慶応義塾大学医学部卒。2009年から2019年3月まで、慶応義塾大学スポーツ医学総合センター診療部長、教授。トップアスリートも含め多くのアスリートたちの選手生命を救ってきた。日本臨床スポーツ医学会理事長、日本スポーツ医学財団理事長。

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