そのとき、監督が阿川さんを前にしてつぶやいたのが、「僕はときどき、台本なんかなきゃいいのにと思うんです」という言葉だった。普通の会話では、相手が何を話し始めるか、事前に知らない。発せられた相手の言葉を受け取って、それから自分の言葉を編み出す。だから自分の言葉も事前に用意してあるわけではない。でも、台本のある世界では相手のセリフも自分のセリフも前もって知っている。知っているけれど知らぬ顔をしてやり取りを繰り返していく。それが難しいと。

■どうすれば面白くなる?

「そう監督に言われたことが、私には天の救いの言葉のごとく身に染みました。その後は、現場においても監督は、台本通りのセリフを言うことより、そこで対面している人間同士の気持ちを大事にしていると感じました。ただ、私がちょっとでも妙子の気持ちから離れたときは鋭く指摘され、何度もやり直しをさせられましたから、やっぱり厳しい監督でした(笑)」

 阿川さんは、今回の経験を通して、あらためて、演じることの奥深さを痛感した。

「もちろん、一言一句、脚本家の言葉を壊さないやり方の監督もいらっしゃるでしょうし、監督によって、いろんな演出方法があるのは当然だと思います。ただ、松永監督のやり方は、私にとっては非常に衝撃であり、面白くもありました。私自身、監督ほどの力量はないけれど、小説を書いたり、エッセーを書いたりするときに、『どうすれば面白くなるか。もっと魅力的にするにはどうしたらいいか』ということを常に考えます。書くときだけではなく、インタビューの仕事のときや、テレビで司会をするときだって、読者や視聴者が『面白いねぇ』と思ってくださるためにはどうするかを考えていますし、何より一緒に仕事をする仲間同士が、『面白い仕事をしてる!』と感じることが大事だと思っています。そういう意味でも、松永監督のそばで一緒に働けたことは、私の人生にとって大いなる宝になりました」

 そんな阿川さんが、毎日うっとりと幸せを感じるのが、晩ご飯に何を食べようか考えている時間なのだそう。

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