本業は、作家でエッセイスト。お茶の間にはキャスター、司会者として広く認知されている阿川佐和子さんが、映画「エゴイスト」では、俳優としての新境地を開拓した。
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阿川さんが以前、吉田羊さんと対談したとき、「『ハナレイ・ベイ』の松永(大司)監督がすごく厳しかった」という話を聞いていた。そのときは、「ふうん、そんな厳しくて実力のある若手監督がいるんだ」と思った。まさかその監督の映画に自分が出演するなんて想像もしていなかった。
「最初、吉田羊さんの言葉を思い出して、『現場で怖かったらどうしよう』と怯えていたんですが、実際には非常にユニークというか魅力的な演出をなさっていて、私自身はどの場面でも驚き、ワクワクして、本当に面白い経験ができました」
監督と面接したあとに、「衣装合わせ」でスタッフと初顔合わせをした。
「その日は衣装合わせをしたあと、監督から、『エチュードをやります』と言われたんですね。『エチュードって何ですか?』と伺うと、『ちょっとここで台本にはない小さな芝居をしてみてほしいんです』と。当日、私と同じ時間に衣装合わせに来ていた宮沢氷魚さんと2人でやってみてくれという。人物設定は同じなので、私が母親で氷魚さんが息子役。でも、映画で展開されるより以前の時代の、家でのワンシーンを好きなように演じてほしいと。ただし一つだけ条件があり、『会話の合間にこの質問だけは氷魚くんに投げかけてほしい』という内緒のメモが監督から渡されるの」
宮沢さんにも同様に内緒のメモが渡されている。さあ、スタート!
「お互いに秘めたる質問を持ちながら、『学校はどう?』とか、『彼女できた?』みたいなたわいもない会話を、机を挟んでご飯を食べるジェスチャーをしながら続けるんです。私、その日は氷魚さんと正真正銘の初対面だったんですよ。でも、息子と思って話を展開しなければならない。心の奥には『秘密の質問』を意識しながらね。それが、私にはものすごく新鮮な体験だったんです。怖かったし緊張したけれど、ああ、こういうふうに親子の関係をつくっていけばいいんだなと感じた、めちゃくちゃ面白いひとときでした」