それにしてもコロナはちょっとやそっとで去りそうにないですね。老齢者がかかり易(やす)いと報じられていたのに、最近では十代の若い人たちの死が報じられているのでいよいよ不気味です。ヨコオさんの天才的芸術予言力によれば、コロナはいつまで居座るのでしょうか。私は相変わらず、よく食べ、よく寝て、一向に死にそうもないので困っています。ただ珍しく、仕事がしたくなくなったのが私にとってははじめての現象です。本を読むのは相変わらず好きですから、書かずに専ら本ばかり読んでいます。まさに乱読です。
井上荒野さんの「よその島」、江國香織さんの「去年の雪」、藤原新也さんの「日々の一滴」。これは写真集だが、その写真についた藤原さんの文章が詩より美しく心にしみます。三冊並べた本を読み返して、私はあっと喉奥でつぶやいていました。二人の今、最も精力的に仕事をしている女作家が世に出る時、選者たちは、田辺聖子さん、大庭みな子さん、私の三人が相談して、男性選者も入って貰(もら)おうということになった。それを言い出したのが大庭みな子さんで、その人を藤原新也さんと選んだのも大庭さんでした。
「大庭さんは男好きやから、言う通りにしよう」
と、私にささやいたのは聖子さんでした。
「あたくし、藤原さんって方、全然存じ上げないんですよ。ただ、御自分の写真につけた文章が、それはすばらしいのです。エッセイもいい」
大庭さんは生真面目な顔つきになって、断固とした口調で言いました。藤原さんはそんな次第で、フェミナ賞という女性新人のための文学賞の選者につれこまれたのでした。そして選ばれた二人の新人の女性作家が生(うま)れ、目ざましい業績によって、今や日本の女作家の前衛として輝く星になっています。何気(なにげ)なく選んだ枕元の三冊を撫(な)でながら、すでにあの世に発ってしまった二人のなつかしい女作家を思い浮かべて、私の胸はせつなくなっているのでした。
三日前から左の脚の、薬指が痛くて泣いています。明日医者に行ってきます。では、おやすみ。
※週刊朝日 2020年4月17日号