芸能分野の訴訟案件を多く手がけ、アーティストの顧問弁護士などもつとめる佐藤大和弁護士は、このような「特殊性」を支える背景に、業界特有の慣習が大きく関わっていると指摘する。

「人と人とのつながりを重んじる芸能界では、一般的な企業と異なり、口約束で仕事が決まることもよくあります。契約書面がない場合、キャンセル料は当事者同士の協議で決まりますが、運営者と演者の関係は決して対等ではありません。異議を申し立てることで『厄介者』というイメージがつき、仕事が途絶えるのではないかという恐れから、多くの方は泣き寝入りを余儀なくされているのが実情です」

 現在の日本には俳優・声優などの実演家を守るための法律がほとんど存在しないことも大きいと、佐藤さんは言う。俳優業には、事務所に所属するパターンと、個人で仕事を請け負うパターンの2通りがある。いずれも法律上はフリーランス、個人事業主という扱いとなり、企業に雇われて働く「労働者」と区別される。このため、裁判でも労働法や最低賃金法といった法律の適用が難しくなってしまうのだという。

 4月10日に開かれた衆議院の厚生労働委員会では、西村智奈美議員(立憲民主党)が日俳連のアンケートに言及しながら、

「切実という以外に言葉が見当たりません」

「フリーランスのような『雇用』によらない働き方であっても、生活保障に関してしっかり目配りをしていく姿勢を明示してほしい」

 と訴えた。加藤勝信厚生労働大臣は、

「フリーランスを含む個人事業主の売り上げが減少し、中には全くなくなる方もいる。これまでの経済的な不況とは根本的に様相が違うと認識しています」

「すぐに結論が出る状況ではありませんが、今後の検討上参考にしていかなくてはならない」

 と応じた。

 今回のアンケートでは、「出演料またはキャンセル料が支払われなかった理由」として、「キャンセル料の交渉をしたことがないから、どうしたらよいか、わからなかった」という回答が全体の31.8%を占めた。

「法的救済が不足している分、俳優自身も権利意識を持ちにくくなっていますが、交渉の余地はあります」

 と、佐藤さんは言う。

「たとえ契約書がなくても、関係性や主催者の落ち度など、個別の事情を考慮して話し合いを進めることは可能です。舞台の稽古は上演のための義務ですので、それに対する支払いがない場合、不当性を申し立てる方向性もありえます。まずは俳優のみなさんに、『自分たちが交渉できる立場にある』という認識を持っていただきたいと思います」

(本誌・松岡瑛理)

※週刊朝日オンライン限定記事

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