1966年に日本を熱狂の渦に巻き込んだ事象、ビートルズの来日。音楽評論家の湯川れい子さんは、ビートルズ公演のすさまじい興奮を体験し、それを抑える周囲の異様なまでの圧力見た。そんな湯川さんの体験を、音楽ライターの和田静香さんは次のように書いている。
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今や伝説となっているが、ビートルズの来日公演は10代の少女たちのすさまじい歓声に覆われていた。アリーナに入れてもらい、隅っこから場内をグルリと見渡していた湯川は、「まるで小鳥のさえずり」のように無垢な響きを持つ少女たちの声に、心底胸を打たれた。それは初めて耳にするものだった。ロックン・ロールが世界に広まった55年、エルヴィス・プレスリーにアメリカの少女たちは歓声を上げて失神したが、それから10年を経て日本の少女たちも同じ自由をやっと手にしたのだ。
彼女たちが興奮のままに振り回すハンカチの色とりどりの美しさは、今もずっと心に残っている。
ところが、少女たちが立ち上がろうものなら、通路ごとに配された体育大学の学生アルバイト警備員が「座って聞けっ」と肩を押さえつける。要所ごとに警官も並び、目を光らせる。湯川は、「これはおかしい!」と、今度は怒りに震えた。
〈なんで立ち上がったらいけないの? 何のために押さえつけるの?〉
少女たちの歓声は喜びを表す声、純粋な生命力そのものなのに、それを理解しようとしない力が無理やり抑え込もうとする。
〈彼ら《力を誇示する男たち》は、自分に理解できない、自分の支配力が及ばないエネルギーが怖いのだろうか。それなら私は一生、この「キャアア」という叫びの側にいよう〉
湯川は心に誓った。
※週刊朝日 2012年5月4・11日号