東京高裁で「小沢無罪」が確定した翌月、政権交代が起きる。こうして誕生した第2次安倍政権下で、再び「政治とカネ」をめぐる事件が立て続けに勃発。中でも、安倍首相の側近中の側近である甘利明元経済再生担当大臣に関わる疑惑は、政権の致命傷となる大事件に発展する可能性があった。容疑はあっせん利得処罰法違反。甘利大臣が、千葉県内の建設会社と都市再生機構(UR)の補償交渉を口利きした見返りに報酬を受け取ったとされる疑惑だ。前出の関係者はこう振り返る。
「東京地検特捜部はUR側への強制捜査に乗り出したものの、結果的には甘利氏本人、口利き業者との交渉を担った秘書を含め、全員が不起訴。秘書と業者とのやりとりは全て録音されていて、甘利氏自身が大臣室で現金を受け取ったなどの証言まであった。なぜ、この絵に描いたような有罪事件を、特捜部は起訴できなかったのか。多くの法曹関係者が『できなかったのではなく、意図的にしなかったのでは』と勘ぐりました。そしてこの時、黒川氏が官邸側の防波堤の役割を果たしていたのでは、という疑惑が広まったのです」
「パソコンをドリルで破壊した」と話題になった小渕優子元経済産業大臣の政治資金をめぐる疑惑でも、起訴されたのは秘書だけ。「特捜の権威は地に堕ちた」と非難が殺到した。
検察の信頼を揺るがす事件が続いた直後、法務省内である人事が発表される。16年、黒川氏が、法務省の事務方トップである法務事務次官に就任したのだ。今話題になっている黒川氏の定年延長問題の源流は、この人事にあると前出の法務省関係者は証言する。
「法務事務次官は検事長を経て、検察のトップである検事総長になるには避けては通れないポストなのです。歴代の検事総長も同じ道をたどっています。実は、この人事を法務省にのませたのが首相の意をくんだ菅義偉官房長官、当時の官邸でした」
長期政権をもくろむ安倍政権は、政権との実務交渉を担っていた黒川氏の危機管理能力を非常に高く評価していた。政権は中央官庁の幹部人事を「内閣人事局」を通じて一元管理していたが、法務省人事だけは、官邸が直接介入をすることはなかった。また、検事総長の座を巡っては、法務省内での熾烈なポスト争奪戦もある。だが、黒川氏の人事は別で、事務次官から東京高検検事長、と着実に検事総長への階段を上っていった。