2011年10月初めよりタイ中部を中心に起きた洪水被害。その被害から生まれたタイの日本企業のエピソードに、ニュース解説などでおなじみの辛坊治郎氏は日本企業の経営観を見直すべきだと指摘する。
 タイのエピソードとは、バンコクから北に高速道路を30分ほど走ったところにある、世界的なベアリングメーカー「ミネベア」(本社・長野県)の主力工場で起きたもの。
 洪水が到達することが時間の問題となったとき、日本人責任者は、工場全体を仮設堤防で囲むことを決断した。ただし、人手が足りない状況で、軽作業に従事している女性社員にまで土木作業をさせていいものか、悩んでいた。
 しかし、一人また一人と自ら作業を志望する者が現れ、やがて現地採用の全従業員が手に手にスコップを持ち、「工場防衛戦」に参加し始めたのだ。日本人責任者はその時のことを思い出して、こう語る。
「外国人の、それも若い女性従業員が率先しいてあの作業にあたってくれるとは思いませんでした。その時、全従業員と家族のように接してきたことは間違いじゃなかったって思ったんです。すべての社員が『ここは自分たちの会社だ』と思ってくれていたことを知って、ほんとに涙が出ました」
 このエピソードは、タイで「ミネベアの奇跡」と語られている。工場を救ったのは、日本企業が過去20年の間に捨ててきた「家族経営」そのものだった。
 90年代初頭、日本では欧米にならって「成果主義」が導入された。ある大手電機メーカーでは、退職金がない代わりに毎月の賃金が多い制度を導入するなど、様々な「新型雇用、評価システム」が企業の人事担当者の間でブームになり、それを指南するコンサルタント会社が雨後の筍のように誕生した。
「私は個人的に、中途半端な成果主義は、「和をもって貴しとなす」を旨として生きてきた日本人に合わないと思う。日本企業はもう一度、『日本型経営』の美点を見直す時ではないのか」(辛坊氏)

※週刊朝日

 2012年4月20日号