そんななか、内の脱退で唯一の関西勢となったのが錦戸亮だ。04年には関ジャニ∞としてもデビューしていた。11年まで掛け持ちで活動したが、結局、関ジャニ一本に絞ることになる(19年にこちらも脱退して、退所)。

 そして何より、絶対的エースの山下の心境変化である。結成当初、他のメンバーに関して「増田とか手越とか関西のふたりとかは、ほぼ知らない」(前出『NEWS あの日のままで』)などと距離感を抱いていたようだが、その絆を固めきれないまま、グループは迷走。その一方で、内の謹慎中には「修二と彰」(現・亀と山P)として出した「青春アミーゴ」がミリオンセラーを達成した。

 さらに、グループの活動休止中には、初の連ドラ主演となった「クロサギ」(TBS系)の主題歌をソロで歌ってこれもヒットする。こうして、ソロ志向を強めていった山下は11年、錦戸とともに脱退するわけだ。

 それは単に、6人が4人になるというだけではなかった。ツートップともいうべき人気者がいなくなることで、解散の危機に陥ってしまう。前出の『NEWS あの日のままで』によれば、4人はメリー喜多川副社長(現・会長)に頭を下げることで、グループ存続を認めてもらったという。

 テレビで当時を振り返り、加藤シゲアキと小山慶一郎が泣きながら語り合ったことがある。

加藤「イチゴのないショートケーキって、チョー言われたもんね」
小山「言われた。何々の愉快な仲間たちの愉快な仲間たちしか残ってないとか。(略)NEWSがさ、なくなっちゃうかもしれないってさ、家族がいなくなるようなもんだよ」(「櫻井有吉アブナイ夜会」TBS系)

 この「何々」にはもちろん「山P」が入るわけだが「愉快な仲間たち」はしぶとく生き残った。小山がキャスターをやったり、加藤が小説を書いたり、増田貴久がジャニーズ随一のいやしキャラになるなど、それぞれが個性を発揮。とりわけ、地味になったグループを盛り上げたのが手越の肉食系でノー天気なキャラだ。

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