「どれも以前からやりたかったこと。舞踊家は見てもらわないと始まりませんから。自粛期間が明けても続けられるよう、今のうちにたくさん用意しています」

 能の大倉流小鼓方(こつづみかた)宗家で人間国宝の大倉源次郎(げんじろう)さん(62)は、月に10~20程度あった舞台がゼロに。中止の公演には11月のものもある。芸歴55年で初の事態だ。

「能楽公演の6~7割は、我々能楽師が団体を作って行う主催事業や、個人の自主公演です。つまり我々は公演中止の際、他の出演者への違約金の支払いや赤字の補填もしなければならない立場。自分たちで運営している能楽堂も多く、維持が困難です。継続する、あるいは、子どもや弟子にリスクを負わせてまで伝統をつなげるというエネルギーが能楽師から消えてしまわないかと懸念しています」

 そんな中で開設した自身の動画チャンネルでは、小鼓の解説のほか、長男・大倉伶士郎(れいじろう)さん(13)との稽古の模様も配信。さらに他の能楽師にも動画のアップロードを呼びかけている。オンラインでできることに限界はあるものの、貴重な発信ツールだからだ。源次郎さんは言う。

「令和という元号は万葉集に由来しますよね。日本人は言葉を大事にし、歌の世界を伝えてきました。そして能楽は、伊勢物語や源氏物語など歌物語を扱ったもの。『秘すれば花』と世阿弥も書く通り、説明せず観ている方の心に花が咲くのを待つのが能楽ですが、今はその魅力を発信することで皆さんに知っていただきたいのです」

(演劇・舞踊ライター・高橋彩子)

AERA 2020年6月1日号