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新型コロナウイルス感染症を巡る政府の対応への不満や検察庁法改正案に対する抗議など、SNS上では、有名・無名を問わず多くの人のさまざまな意見が渦巻いている。
【検閲を受け、伏せ字で埋まっていた石川達三の「生きてゐる兵隊」はこちら】
そんな中、改めて問われているのはメディアの立ち位置だ。
新型コロナウイルスとの闘いは、「戦争」に例えられることもあるが、75年前の太平洋戦争の只中、日本の作家は何を考え、表現しようとしたのだろうか。
戦時中は陸軍報道部に在籍し、国民的作家として知られ、戦後は激しいバッシングの中、それでも小説を書き続けた作家・火野葦平。
戦争に翻弄された火野の人生を追い続けた『戦場で書く 火野葦平のふたつの戦場』の著者、NHKエデュケーショナルプロデューサーの渡辺考氏が、コロナ禍における言論の立ち位置について寄稿する。
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■さまざまの制約
戦争の時代、言論を担う新聞記者、作家たちは、軍や政府による検閲で厳しい表現規制を受けていた。かくして新聞・雑誌・出版物からは、自由な言論が奪われていった。日中戦争の戦場で執筆した「兵隊三部作」が大ベストセラーになり、国民的作家ともてはやされた火野葦平は、戦後になってこう綴っている。
<第一、日本軍が負けているところを書いてはならない。皇軍は忠勇義烈、勇敢無比であつて、けつして負けたり退却したりはしないのである。次に、戦争の暗黒面を書いてはならない。(中略)第三に、戦つている敵は憎々しくいやらしく書かねばならなかつた。>(『火野葦平選集』第二巻「解説」)
火野はこの他にも作戦の全貌や部隊の編成を書けなかったなどと書き並べ、「さまざまの制約」のもと「戦地で文学作品を書くことは不可能に近い状態であつた」と言い切る。
権力が報道や著作物を自分たちに都合がいいように作らせるように誘導し、プロパガンダとして利用する。それが権力の暴走を正当化してしまい、あの災禍の拡大を招いたのは間違いないところだろう。
■反復される光景
コロナ禍の中で、これまで意識されずにいたものが、浮き彫りになっている。その最も大きなものが、言論の立ち位置であろう。軽々しい言葉が跋扈し、相互監視が進み「自粛警察」なる現象も巻き起こし、疑心暗鬼が生じて、根拠なき差別が広がっている。本著でも指南を仰いだ、メディアと権力の歴史的関連性を研究する早稲田大学の五味渕典嗣教授は、この状況をあえて「戦時体制」と呼称している。