西洋医学だけでなく、さまざまな療法でがんに立ち向かい、人間をまるごととらえるホリスティック医学を提唱する帯津良一(おびつ・りょういち)氏。老化に身を任せながら、よりよく老いる「ナイス・エイジング」を説く。今回のテーマは「サレルノ養生訓」。
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【ポイント】
(1)ヨーロッパ最古の医科大学のテキスト
(2)根幹にあるのはヒポクラテスの医学哲学
(3)ヒポクラテスは人間をまるごととらえていた
「サレルノ養生訓」という書をご存じでしょうか。サレルノというのは、古代ギリシャの人たちが植民してつくったとされるイタリア南部の都市。別名「ヒポクラテスの町」とも呼ばれていました。
聖地エルサレムへの巡礼の中継点としてにぎわったこの都市に、中世になってヨーロッパ最古といわれる医科大学が設立されました。サレルノは6~10世紀にはすでに、古代ギリシャの“医聖”ヒポクラテスの伝統を引き継ぐ医学の拠点となっていたようです。
その辺りのことは『「サレルノ養生訓」とヒポクラテス──医療の原点』(大槻真一郎著、澤元亙監修、コスモス・ライブラリー)に詳しいのですが、この医科大学のテキストの一つとしてサレルノ養生訓が生まれました。当初は400行足らずのラテン語の詩でできていましたが、数百年にわたってヨーロッパでベストセラーとなり、行数も3千から5千行へ膨らんだそうです。医学者や聖職者向けに書かれたものではなく、一般の人びとに向けた養生の書です。
例えば、第18章には「健康でありたいと思うなら、手をよく洗うこと」と書いてあります。「病原菌」という概念がない時代だったのに、手洗いは重要だったんですね。このほか、日常生活に即した内容が続くのですが、多くは食養生についてです。「夜に大食すると、胃にはこの上ない苦痛がおそってくる。小食であるなら、夜の眠りも軽快であろう」(第4章)といった具合で、小食を勧めるところは貝原益軒の『養生訓』と一致しています。