ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は雀聖・阿佐田哲也との親交について。
* * *
うちの麻雀部屋に色紙の額をふたつ飾っている。
ひとつは──、
『花のさかりは地下道で 埃まみれの 空きっ腹 阿佐田哲也』
もうひとつは──、
『87年6月28日 早朝ニ至ル一戦ニテ マサニ完敗イタシマシタ 両三年修業シテ 出直シテマイリマス 黒川雅子様 阿佐田哲也』
この色紙を見ると、初めてのひとはたいていびっくりする。
「これって、あの阿佐田哲也さんが書いたん?」
「そう、サインがあるやろ」わたし、鼻が高い。
「あの雀聖と、ほんまに麻雀したん?」
「した。色川さんと麻雀して、よめはんが勝った」
阿佐田哲也(朝だ、徹夜)はペンネームで、エンターテインメント系の小説を阿佐田哲也、純文学は本名の色川武大で書かれていたから、わたしは色川さん、と呼んでいた──。
芸大彫刻科の四年間、わたしは麻雀に明け暮れていた。同じ学生仲間はもちろん、ときには不動産屋の社長やパチンコホールの店長と、稼いだバイト料、払うべき授業料を賭けて打ち、負けた記憶はあまりない。若いだけに気力、体力があったのかもしれないが、所詮(しょせん)は井の中の蛙、ただ運がよかったのだろう。
そのころはじめて読んだのが『麻雀放浪記』だった。勝負の機微、ギャンブラーの心理が過不足のない筆致で流れるように書かれている。絶妙の仕掛け、構成、展開に、なるほど、これがエンターテインメントなんや、と実感し、わたしは阿佐田哲也の小説をすべて読むようになった。
そして十余年──。わたしは高校教師をしながら小説を書きはじめた。東京の編集者に会うたびに、色川さんのファンだと吹聴していたら、ある編集者が色川さんに会いますか、といった。もちろん、わたしに否はない。ちょうどその一カ月後に第四回サントリーミステリー大賞の最終選考会があるから、その翌日に会わせて欲しい、と勝手なお願いをした。