<何もない自分を支えてくれたのは、ホン(台本)から受けるただ一つのこと──>
芸能生活50周年の草刈正雄さんが、『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新書)を上梓。長い俳優人生で経験した、絶頂期と不遇の時代を余すところなく語った草刈さんが明かしてくれた、芸能界で生き続けるために必要なたった一つの大切なこととは? 本書より一部を抜粋・再構成してお届けする。
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自分に残されていた、諦めるかどうかの選択
役者業は、いわば「人間を表現する仕事」です。
「人間を表現する」ためには、その人の過去や現在を想像し、体で感じるしかない。想像するのも自分、感じるのも自分。ですから、実体験がこれほど役立つ仕事もめったにないかもしれません。泣く演技のときに、自分の悲しい記憶がシンクロして涙が溢れ出ることもあるように、いいことばかりでなく、悲惨な経験さえも仕事におおいに役に立つのですから。
体験したからこそわかる、盛りと驕り、不遇と感謝。コインの裏表のように、表裏一体でした。もしも20代の自分自身に会えたら「よかったねえキミ、ほんとうに」と言うしかないでしょう。何も知らない男の子がひょこーっとプロの世界に紛れ込んで、いろんな人が「やってごらん」と手を差し伸べてくれて大役をやらせてもらえていたのですから。その後、ドーンと落ち込み、他人から求められなくなる経験をし、寂しくて仕方なくて荒れたことも一度や二度じゃない。大事な人に迷惑をかけてしまったことも、一度や二度じゃない。
36歳で結婚しましたが、ちょうどその頃、映画やテレビの仕事はポツポツとしたものでした。重要なシーンになればなるほど、カメラはスーッと僕の横を通り過ぎて主演俳優に近づいていく。以前は自分にズームアップしていたカメラでした。どんな役でもありがたいのでそんなことを言ってはバチが当たるとわかってはいるのですが、正直、寂しかった。