不振からの休養をはさんで昨年8月に復帰して以来、問題点を一つひとつ話し合って解消していく中で、徐々に泳ぎがよくなってきました。自分がどういうことに悩んで、悩みから脱出するのにはどうしたらいいかというのが、最近になってようやくわかってきたようなところがあります。
去年の秋から冬にかけて「結果を出さなきゃいけない」というプレッシャーから、レースに出場すること自体に恐怖感に近いストレスがあったように見えました。レースが終わった後の虚脱感も大きかった。それが今回の大会では、まったく違っています。泳いだ後に達成感を口にし、久しぶりに実戦に出る喜びがありました。不振の長いトンネルに出口の光が見え始めた中でのレースだったので、記録には表れない充実感があったのだと思います。
1回目の成功の坂を上っているとき、選手の心の中には夢と希望しかありません。しかし、キャリアが長くなって成功体験を重ねると、それに隠れた失敗もたくさん経験します。栄光をつかんだアスリートが、おじけづいて前へ進めなくなることだってあるのです。
長くコーチをやっていると選手とともに高揚感を感じることもあるし、一緒に絶望感を感じることもあります。萩野が実戦でつかんだ自信を、次にどうつなげるか。しっかり考えていきます。(構成/本誌・堀井正明)
平井伯昌(ひらい・のりまさ)/競泳日本代表ヘッドコーチ、日本水泳連盟競泳委員長。1963年生まれ、東京都出身。早稲田大学社会科学部卒。86年に東京スイミングセンター入社。2013年から東洋大学水泳部監督。同大学法学部教授。『バケる人に育てる──勝負できる人材をつくる50の法則』(朝日新聞出版)など著書多数
※週刊朝日 2020年9月18日号