「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第33回は、コロナ禍がもたらした社会の変化について。時間を逆戻りさせたようだという。
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新型コロナウイルスは、コロナ禍が起きる前、その社会が抱えていた病巣をあぶりだしている。
ニューヨーク近郊に住む日本人と話をした。彼はニューヨーク在住が30年を超えるが、いまのマンハッタンの不穏さは、30年前によく似ているという。
「荒れてきてますね。ホテルは客がいないため、ホームレスに開放しているところがある。刑務所内で感染が広まり、軽犯罪者は釈放されたんです。といっても、彼らに仕事はない。ホームレスになるしかないんです」
高級マンションに住んでいた富裕層はマンハッタンを避けて、郊外のセカンドハウスで暮らしている人が多い。オフィス街のミッドタウンはテレワークが進み、人が少ない。そこに治安の悪化が重なり、人通りはますます少なくなっているという。
欧米各国は、コロナ対策のロックダウンに対して手厚い補償を支給してきた。それも7月、8月で終わりつつある国が多い。感染の収束時期を読み違えたということだろうか。ニューヨークも同じだ。失業者に対する給付金は7月末で終わった。貧困層の問題が浮上し、治安が一気に悪くなりつつあるという。
スペインやメキシコなどでも治安の悪化が懸念されはじめている。
アジアのタイは、感染は抑え込んでいるが、政治的混乱がはじまっている。軍事政権は新規感染者がほぼいない状態にかかわらず、非常事態宣言を続けている。繁華街でパブを営むスラチャイさんは、
「軍事政権に批判的なグループの活動や集会を封じ込めることが本当の目的……。早く非常事態宣言を解除して外国人観光客をが入国できるようにしてほしい。うちもそろそろ限界。政府からの給付金もほとんどないんですから」