「生きているうちに見つけてくださってありがとうございました」。1月16日、「abさんご」(早稲田文学5号)で第148回芥川賞に選ばれた黒田夏子さん(75)は、“史上最年長”の受賞者らしい言葉で喜びを表した。20日には小説集『abさんご』(文藝春秋)も刊行され、さっそく芥川賞フィーバーかと思いきや、意外にも出版関係者の反応は冷静なのだという。ある文芸編集者はこう話す。
「話題性はありますが、文体が特徴的で、読者を選ぶ作風。高齢だし、次の本が売れるかは未知数で、各社“争奪戦”のような状態にはまだなっていません」
「abさんご」は全文横書きで、ひらがなを多用し、固有名詞や「」、カタカナを一切使っていない。さらに、「日本語の限界に挑んだ超実験小説」というだけあって、たとえば、〈多肉果の紅いらせん状の皮〉は恐らく「りんごの皮」で、〈へやの中のへやのようなやわらかい檻〉はたぶん「蚊帳」のことなのだろう。
そんな個性的な文章について、文芸評論家の大森望さんは、「小説に使う言葉から自分で開発した」と高く評価する。
「ストーリーは、早くに母を亡くした主人公と父が暮らす家に新しい家政婦がやってきて……というよくある話なのですが、あの文章で書かれると、不思議なことが起きているように見える。歌舞伎町など見慣れた風景でもCNNのカメラを通すと違うものに見えてしまうのと同じ感じですね」
ちなみにタイトルの意味についても、黒田さんは「いろいろな読み方をしてほしい」としているのだとか。
※週刊朝日 2013年2月1日号