作家の下重暁子さん
作家の下重暁子さん
写真はイメージです(Getty Images)
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 人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、競馬について。

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  今年の秋の中央競馬は収穫が大きかった。

 秋華賞の牝馬の三冠馬デアリングタクトに続いて、菊花賞の三冠馬コントレイル、そして秋の天皇賞ではアーモンドアイの何と八冠達成と続いた。

 コロナで観客の歓声が聞こえない方が、馬も集中できるのだろうか。

 私は競馬をこの目で見るのが好きで、春のオークス、ダービーに始まり、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念と日本中央競馬会から御招待いただくので、必ず府中や中山に足を運ぶ。

 なぜなら、私は日本自転車振興会の会長を三期六年務めたので、同じ公営競技である中央競馬の理事長とは、月に一度の会議で顔を合わせるうちにすっかり親しくなり、せっせと競馬を見に通った。

 競輪は関係者の私がもし賭けたりしたら、即座にお縄である。だから競馬で勉強して興味をふくらませた。競輪の番組ゲストに武豊さんがよく登場したが、彼も競馬に賭けることは出来ず、競輪に勉強のため来ていたのかもしれない。

 会長を辞してからは大手を振って競輪に賭けられるようになったが、習い性となり、競馬の方に足繁く通う。もっとも私は子供の頃のトラウマで自転車に乗れず、「自転車に乗れない自転車振興会会長」が売りでもあったのだ。

 人間を見るより馬を見るのが楽しかったこともある。パドックをまわる馬を身近で見ると、一目で調子がわかる。なんとなく精気がなく下を向いて時々、涎を垂らすなどという本命馬は避ける。

 馬体の色、艶、体重の増減、私はあまり前もって資料を調べたりせず、カンを研ぎ澄ませて馬を見つめる。

 動物は人間より嘘をつかない。目を凝らしているとその日の調子を秘かに語ってくれる。それで単勝なら、ほとんど当てられるようになった。3連単、3連複もまぐれでとることが出来た。

 馬好きの有名人を誘って欲しいといわれて小沢昭一さんと何度かご一緒した。小沢さんは徹夜をしてまで研究するので、体に悪いからもう競馬はやめたといっていたのが、何回か来て下さった。だんだん無口になって何も言わなくなったら要注意。一度は百万単位で勝ったらしく「母ちゃんに大福買って帰ろ」と早々といなくなってしまった。結果を聞いた時は後の祭り。徹底してのめり込む人だったから楽しかった。

 その頃、ディープインパクトが登場し、一見して格好がいいわけではないのに、走り出したとたん天馬になって翔ぶ姿に、私は惚れ惚れした。牝馬ではウオッカが大好きで、彼等は人間の勝手でさっさと引退させられ、多くの子孫を残した。

 ディープインパクトの子供は千頭以上にのぼるといわれ、菊花賞の優勝馬コントレイルもその子供だ。すでに子供や孫の世代。人間も同じで小沢昭一さんはすでに亡く、

「長生きをすると友達がいなくなるよ」

 という彼の言葉を噛みしめている。

週刊朝日  2020年11月20日号

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。主な著書に『家族という病』『極上の孤独』『年齢は捨てなさい』ほか多数

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下重暁子

下重暁子

下重暁子(しもじゅう・あきこ)/作家。早稲田大学教育学部国語国文学科卒業後、NHKに入局。民放キャスターを経て、文筆活動に入る。この連載に加筆した『死は最後で最大のときめき』(朝日新書)が発売中

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