「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。第36回は、タイの政治集会の今について。
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タイが揺れている。プラユット首相の退陣、そして王室改革を要求する人々が、連日、集会を開いている。対抗する王権派もときどき集まって気勢をあげる。
反政府派の集会の案内は、午前中にツイッターで流れる。
「でもそれはウソ情報が多い。警察を攪乱(かくらん)させるためのもの。でも、そのなかにヒントもあるんです」
教えてくれたのは、バンコクの建設会社に勤める女性だった。20歳だという。彼女が偽ツイッターを送ってくれた。そこに載っているのは料理や魚など。いったいここからどう推理するのだろうか。
「私もよくわからない。でもこのなかから人気の集会が自然に決まって、そこに集まるんです」
と彼女は説明してくれたが。
彼女は子供のころ、母親に連れられて何回も集会に出ていたという。10年前である。
そのころもバンコクは揺れていた。タクシン元首相を支持する赤シャツ派と対立する黄シャツ派。両派は空港や道路を占拠し、タイの政治や経済は停滞した。最後には軍が出動し、最終的には100人近い犠牲者が出た。
硬直化した政治状況のなかで、軍がクーデターを起こす。現在のプラユット政権はその流れのなかで生まれた。
あの時代に戻りたくない……それがタイ人の心情かと思っていた。だから軍が行った憲法改正にもしぶしぶ同意したと分析する人は多い。
しかし20歳のタイ人女性は、まったく違う感覚で集会に参加していた。
「だって面白いでしょ。今日の集会の場所を友達と一緒に予測するんです。ゲームをやっているみたい。ツイッターで出ていた場所に行くと、数人しか集まっていないこともあったんです。いるのは警官ばかり。警察も振りまわされています」
いまの政権や現国王が嫌いという感覚は母親から植えつけられた気がする。あの時代、タイは政治的な対立で揺れていた。しかし彼女の集会に参加する動機は、少し違う。ネットを駆使した予測が当たるか、はずれるか……。
しかしその集会は政治集会なのだ。
その間が埋まらず、彼女とのライン電話を切って考え込んでしまう。
どうしたら集会に多くの人を集めるか。それは主催団体の腕のみせどころであることはわかる。そこにネットゲームを組み入れてしまう。それが首相の退陣や王室改革の波になっていくのだろうか。彼女は今日も、集会の場所を探して、スマホにかじりついている。
■下川裕治(しもかわ・ゆうじ)/1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。