哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。
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「若者ほど内閣支持」という見出しを見て胸を衝かれた。毎日新聞が11月7日に行った世論調査によると、内閣支持率は全体で57%だが若い世代ほど高い。18~29歳では支持率が80%、30代が66%。以下しだいに下がって、80歳以上が45%で最低。
首相の日本学術会議新会員の任命拒否についても、18~29歳は「問題だとは思わない」が59%に達した。
今の日本は若いほど政府の主張に理解を示していることがわかる。年齢が低いほど現状肯定的になり、変化を嫌うというような現象を私は70年生きてきてはじめて見た。
識者によると、若い人にとって今があまりに生きにくい時代なので、「これ以上悪くならないように」という願いが彼らを現状維持に向かわせるのだという。生まれてからずっと年々日本社会は生きづらいものになってきた。であれば、これから先もさらに生きづらい社会になるに違いない。それならいっそ現状のままの方がましだ……というのは帰納的推理としては合理的である。より悪く変化するよりは現状維持。「知らぬ仏より馴染みの鬼」という理屈にはそれなりの説得力がある。
これは政権担当者にとってはまことに耳よりな情報である。この理屈でとおせるなら、これから先、政府は「国民がより生きにくくなるような政策」を選択的に採用すればするほど、若い人たちはいっそう現状肯定的になり、政権基盤はいっそう安定することが期待できるからである。
そう考えると、国民に痛みや犠牲を求め、基本的人権の制約をめざす政党の方が、国民に高福祉や市民的自由を約束する政党よりも若い人たちに好感されているという事実が理解できる。
月額7万円渡すだけで、年金も生活保護も打ち切るという提案も、おそらく若い人たちのうちには相当数の支持者を獲得することができるのだろう。
国運が衰微し、勢いが失われ、生活が貧しくなると、国民の自己評価もそれにつれて下がる。するとその低い自己評価にふさわしい「冷遇」を受け入れることがクールでリアルな生き方だと信じる人が増えてくる。日本はそういう「負のスパイラル」に入り始めたようである。
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
※AERA 2020年12月7日号