これらの行動が困難になるのだから、日常生活を送ること自体が難しくなってしまう。
「例えば駅に行くと、そこは『情報処理地獄』でした。人の歩くスピードがとても速く感じて、怖くてゆっくりとしか歩けませんでした。案内表示を見ても、どの文字を読めばいいかが分からず、電光掲示板の流れる文字を追いきれないのです。いらない情報を無視できず、乗りたい電車とは関係のない構内アナウンスばかりが耳に入ってきて、それを理解しようと一生懸命聞いてしまう。やっと乗りたい電車のホームが何番線か分かっても、場所が分からない。その場所を確認しているうちに、発車時間を忘れてしまい、発車時間を確認しているうちに、何番線かを忘れてしまう、という状態でした」(鈴木さん)
頭の中がパニックになり、同時に脳貧血になったかのような具合の悪さや、酸素が入ってこないような息苦しさを覚えて、その場に座り込んでしまうこともあった。
「起きているだけで、脳があらゆる情報を全力全開で処理し続けている状態なんです」(同)
脳が頑張りすぎてしまっているため、病前より集中力が続かず、とても疲れやすくなったという。
個人差はあるが、高次脳機能障害のこうした症状はリハビリによって改善する。ただ、そもそも医療従事者や福祉関係者ですらこの障害を知らない人もおり、周囲に障害の名前すら知ってもらえない人が多くいるのが現実だ。特に外見では障害が分からない「見えない障害」であることが大きな壁になっている。
早口で話しかけないこと、指示や連絡事項は簡潔に伝え紙にも書いて渡すこと、本人を慌てさせないこと――などの配慮が必要であることは、ほとんど知られていない。それ以前に「なぜそれしかできないのか」「なぜそんなにやる気がないのか」などと人間性を否定されてしまい、職場で担当を外されたり、家庭内やコミュニティーで居場所を失ったりして、孤立してしまう人も少なくない。
鈴木さん自身、病後3年目に自治会の役員を引き受けた際、会員の名簿や、会合で出すお菓子を入れた袋を作ることがどう頑張ってもできずパニックになり、妻や友人の助けを借りたことがある。病前は一人で仕事をやり切ることが大事だと考えていたが、今は障害に理解のある取引先の助けを得ながら、執筆活動に当たっているという。