本では母がアルツハイマー型認知症と記されている。自伝が中断した理由もそこにある。
「聡明な母が、よりによって認知症になるとは。誰もが、想像すらしていませんでした」と次女ノエルが綴った。「それは日本のどこかで、多くの家族が、今日も直面している問題なのではないかと思います。姉弟三人、時にはぶつかり合い、時にはぎこちなくなり、時には涙を流しながら。それでも少しずつ前進してきました。(略)母が母の真実を書いてきたように、私たちにも私たちの真実があります」
失われつつある母の記憶を何とかとどめようと子供たちは考えた。ほろ苦さと懐かしさの入り交じったナイーブな物語の前半には「ただひたすら子供たちを愛した」母の半生が描かれ、後半は「ひたすら恥ずかしい存在だった」母へ子供たちからのメッセージ。
「桐島さんのお母さんって、プレイガールでたくさん恋人がいるんだって?」「桐島さんのお父さんはアメリカ人なんだって?」「三姉弟、みんな父親が違うんだって?」
それぞれ父親が違うのではと今も言われて驚くばかりとかれんは言う。しかし、母が動じることは一切なかった。
「罵詈(ばり)雑言も聞こえてきたと思いますが、母が泣き言を言ったり、弱音を吐いたりすることは、今まで一度も見たことがありません」
(次号につづく)
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。小説現代新人賞、アジア太平洋放送連合賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞。新刊「松本隆 言葉の教室」(マガジンハウス)が好評発売中
※週刊朝日 2023年2月10日号