浜矩子/経済学者、同志社大学大学院教授
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(c)朝日新聞社
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 経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。

【写真】この人は大人しく引き下がるのだろうか…

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 第46代米国大統領就任の日が来る。ジョー・バイデン氏はどんな就任演説をするのか。そう思ったら、トランプ現大統領の4年前の就任演説を再読してみたくなった。怖いものみたさである。読んでみて、仰天した。爆笑した。慄然とした。

 仰天したのは、トランプ親爺さんの演説の中に、今この時、バイデン氏がいかにも言いそうなことが次々と出てくるからだ。まずは、演説の冒頭に「我ら米国市民は、今、我らの国を立て直し、その全国民にとっての希望を復元するための国家的事業に手を携えて取り組もうとしています(翻訳筆者、以下同様)」とある。トランプ政権下の4年間を経て、米国は間違いなく立て直しを必要としている。

 次の一文もある。「2017年1月20日は、人々が再びこの国の指導者となった日として記憶されて行くでしょう」。17年を21年に置き換えれば、全くその通りだ。さらに次のように続く。「この展開の軸心にあるのが、一つの不可欠な信念です。それは、国家はその市民たちに奉仕するために存在するという信念です」。こう言うバイデン氏の声が聞こえる。

 爆笑したのが、次の部分だ。「4年ごとに、我々はこの場に集います。秩序あり、平和的な政権移行を実行するためです。オバマ大統領夫妻の惜しみない協力に感謝します」。バイデン新大統領は、決してこうはトランプ夫妻に感謝出来ない。

 慄然としたのが、次の一節だ。「この米国の殺戮は、今この場所、この時に終わるのです」。今でも、これを聞いた時の驚愕は覚えている。だが、今、これらの言葉は新たな意味を帯びるにいたった。トランプ氏が言う「米国の殺戮」は「米国に対する殺戮」の意だ。外国やエリートや移民たちが、米国を虐殺しているというわけである。

 ところが、いまや「米国の殺戮」は「米国による殺戮」の意になった。米国による民主主義の虐殺。これが現実的な問題となっている。トランプ派の暴徒による米国議会への襲撃が、そのことを生々しく物語っている。トランプ氏も、自分の演説を読み直してみるといい。多分、「これは自分の演説じゃない。フェイクだ」と言うだろう。

浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演

AERA 2021年1月25日号