終活ブームで信託銀行などがこぞって力を入れる「遺言信託」。「銀行に任せれば安心」と考えて、安易に飛びつかないほうがいい。よく確認しないまま利用すると思わぬ費用がかかったり、かえって損をしたりするケースが相次いでいる。
【グラフ】20年間で5.5倍に!信託銀行の遺言保管件数を見る
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「よくわからないまま契約してしまうところでした。きちんと説明や相談があれば最初から選ばなかったと思います」
東京都内に住む50代の男性Aさんは昨年、大手信託銀行の営業担当者から熱心に遺言信託を勧められた。当時、相続は心配のタネだった。高齢の父親が所有する土地は最近の再開発もあって値上がりし、周りはマンションの建設が進む。相続対策はメディアでもよく取り上げられていたし、「うちはだいじょうぶか」と気になっていた。
「父親は、もともと、その銀行と取引がありました。そこで営業担当者に相談したところ、『このままでは数千万円の相続税がかかる』と言われて衝撃を受けました。土地はあっても、そんなお金は簡単に用意できません。そう伝えると、『節税の相談にも乗りますし、遺言を書きましょう』と言われ、遺言信託を提案されたのです」(Aさん)
遺言信託は、遺言書の作成のアドバイスや保管をしたり、遺言の内容どおりに財産の分配や名義の変更を行ったりするサービスだ。メガバンク系列の信託銀行をはじめ、地方銀行など各金融機関も力を入れている。
信託協会によると、遺言信託で扱うことの多い遺言の保管・執行件数は右肩上がりだ。同協会の会員70行余りの合計は2020年3月末時点で14万9693件に達し、10年前の約2倍、20年前の5.5倍に増えている。
「各行とも、低金利で収益性が下がり、手数料収入を増やしたい。相続税の基礎控除額が大きく減った15年以降、特に力を入れている」(金融業界関係者)
Aさんが戸惑ったのは、相談もなく、いきなり遺言の案を示されたことだ。
「母には遺産を渡さず、直接、私や妻、娘が引き継ぐものでした。遺言の執行人の欄にはその銀行の名前が書いてあり、生命保険など土地以外の資産はすべて換金して同行の口座に預けることになっている。相談した数日後にはその案を持ってきて、翌週には契約を結ぶ段取りの良さ。考える間もなく、契約を結ぶところでしたが、たまたま相続に詳しい知人と会う機会があったので相談したところ、『考え直したほうがいい』と言われた」