移動や病院での面会が厳しく制限されているコロナ禍。一度入院すると、家族や友人と面会もできずに亡くなるケースもある。困難な状況のなか、効率を度外視してでも患者のために奔走する人がいる。AERA 2021年2月1日号で取材した。
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「先生、ありがとうございました。いい冥土のお土産になりました」
ストレッチャーに乗せられた62歳の女性は、中村幸伸(ゆきのぶ)医師(43)にそう笑顔を向けた。2020年10月下旬、岡山県瀬戸内市のカフェの2階で、瀬戸内の海と島々を晴天の下で一望できた。
女性は末期の大腸がんと診断され、同年7月下旬に都内の病院に入院。10月に入ると、最期の時間をどこで過ごすかを考える局面を迎えた。彼女は家族とも相談。移動中に体調が急変して命を落とすことも覚悟で、約40年暮らした都内の自宅ではなく、母と妹が暮らす岡山の実家を選んだ。その2日後には、看護師による介護保険外の外出支援サービス「かなえるナース」に依頼し、看護師2人の同行で新幹線で岡山に戻ってきていた。
中村医師が女性の妹から「姉を自動車に乗せて移動させられますか?」と、尋ねられたのは前日の診療時。姉が行きたいカフェがあるという。大丈夫と即答した中村医師は、明日なら自分も休みなので同行できると伝えた。
だが、女性は即座に断った。中村医師は遠慮がちな女性の人柄に触れていたから、とくに無理強いはしなかった。
「先生、やっぱり明日はご同行をお願いしても、よろしいでしょうか」
妹から再び中村医師に電話が入ったのは、次の訪問先に向かう車中だった。
中村医師は09年に岡山県で初めて、終末期対象の在宅診療専門所「つばさクリニック」を開業。24時間365日体制で1500人以上を看取ってきた。
「病院では無表情だった方が、自宅に戻られると笑顔を見せることが多く、私たち在宅医のやりがいでもあります。命がけで岡山に帰ってこられた女性の希望も、かなえたいと思いました」
普通の医師なら止めるかもしれないが、中村医師は迷わなかった。急きょ決まったカフェ訪問には、訪問看護師、ケアマネジャーら総勢14人が同行した。
「女性は医療者には遠慮がちですが、妹さんには『先生より先にお茶を飲んじゃダメでしょ』と注意するなど、長女然として振る舞われていました。病院では患者でも、実家に戻ると家族内での役割を取り戻し、それが生きる力にもつながります。でも、カフェに行くことについては、妹さんから、『先生に甘えられる最後のチャンスよ!』と言われ、背中を押されたようですよ」(中村医師)