


ベトナム戦争で、ナパーム弾攻撃から逃げる少女の写真で伝説の写真家となったニック・ウト氏(69)が1月20日、ワシントンにいた。彼がカメラで追った壮大なドラマは、何だったのか。AERA 2021年2月8日号から。
【写真】「戦争の恐怖」の額をホワイトハウスでトランプ氏に贈るウト氏
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「就任式の日に撮ったベストの写真を送ってほしい」とウト氏に依頼すると、米大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」の写真がメールで送られてきた。トランプ前大統領が、最後に専用機を公式に使ってホワイトハウスを去る写真だ。
なぜ、ヘリの写真なのか理由を電話で聞くと、こう繰り返した。
「トランプ、リービング(離れていく)!」
撮影時に一緒にいたウト氏の友人の写真家マーク・エドワード・ハリス氏(62)に裏話を聞いた。
「あのヘリのアングルは、誰も撮れないはずだ」
■彼にしか撮れない写真
AP通信に50年以上勤め引退したウト氏は、バイデン氏の大統領就任式会場の取材に必要な記者証を取れなかった。そこで、会場外で撮れる「決定的瞬間」を狙っていたという。
ウト氏は就任式の前日、泊まっていたホテルの最上階を調べ、ホワイトハウスから飛び立つマリーンワンを捉えることができる唯一の出窓がある部屋に移動した。宿泊費は、前日までの2倍だった。時間は、午前8時前後と、米CNNの仲間から取材していた。薄暗い午前6時には、レンズ、露出、角度、全ての準備が進んでいた。
新大統領の誕生、イコール、「混乱のトランプ時代」の張本人が去り行く姿──それが、ウト氏が狙った、彼にしか撮れないニュース写真だ。
「ニックは、瞬間で捉えるニュースの中にいつも生きている」(ハリス氏)
就任式に先立つ1月13日、実はウト氏は、トランプ氏本人とホワイトハウスで会っていた。作家や俳優、歌手など芸術家に与えられる米国国民芸術勲章を受章するためだ。ウト氏の受章は、2020年に決定していたが、新型コロナウイルス感染拡大のために授章式が延期され、トランプ氏が退任する直前に日程が決められた。