「いつも悪いね」という半藤さんに、彼女は思いきってお願いした。「私にも絵を下さい!」
それからしばらくして彼女の似顔絵が届く。誕生日だった。隣に男性が描かれていたが、その顔はのっぺらぼう。「将来の相手を思い描いて下さいね」とメッセージが添えてあった。
「半藤さんは役員でこっちは新入社員。お話しできるだけで光栄なのに、新人の私にまで気を遣ってくれた。格好良く、洒脱で温かい方でした」
何年か前、半藤さんは成人式特番にご出演下さった。スタジオで車座になり、現役学生たちにはなむけの言葉を贈りながら、「生きた忠犬ハチ公に会ったことがあるんだよ。ハチにカステラをあげてね」。それも一つの昭和史。学生たちは身を乗り出して聞いていた。
そういえば、漱石山房記念館名誉館長の半藤末利子さん(夏目漱石の孫にあたる)をゲストにお迎えしたことも。
小川洋子さんの番組(『メロディアス・ライブラリー』)で漱石山房を訪ねる企画だった。半藤一利夫人と存じあげていたが僕は敢えて口にしなかった。数日経た週末、綺麗な庭が自慢の下北沢の蕎麦屋でお見かけし、「先日はお世話になりました」と奇遇を喜んでいたら、その先に半藤一利さんがいらして、こちらににこにこと頷いてくれた。
訃報を知り、編集者との打ち合わせでよく使っていらしたという世田谷・池ノ上の喫茶店に行った。カウンターに半藤さんの色紙が飾られ、「この店のものはおいしいでござる」とお二人の絵が描かれていた。半藤一利さん、お世話になりました。どうぞ安らかに。
延江浩(のぶえ・ひろし)/1958年、東京都生まれ。慶大卒。TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー。国文学研究資料館・文化庁共催「ないじぇる芸術共創ラボ」委員。小説現代新人賞、ABU(アジア太平洋放送連合)賞ドキュメンタリー部門グランプリ、日本放送文化大賞グランプリ、ギャラクシー大賞など受賞
※週刊朝日 2021年2月19日号
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